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「痛い!」
その強く握られた腕は、強引すぎてとても痛かった。この人が女性から煙たがられる訳も理解した。引きずりこまれそうになり、恐怖を感じないわけがなかった。
「沢野子爵、何をしておられますか」
別の手が視界に入った。私の腕を掴む沢野子爵の腕をそっと、離すこの紳士は、中田さんだった。
「嫌がる女性の腕を強引に掴むなど、身分の高い紳士がなさることではありませんよ」
柔和な口調の中田さんに、少し沢野子爵が後ずさりしながら怯んだ。
「何だね、君は」
「私は、お姫様のお付きの者の一人でございます。書生の中田と申します。お姫様はこのまま私が連れて帰りますので、どうぞご心配なく」
沢野子爵は小さく舌打ちし、踵を返し、去って行く。その奥には、あの袴姿の女性の姿があった。こっちを訝し気に見つめている。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
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