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小六、過去1
その日はN県に、数年ぶりに雪が積もった日だった。
「一時間目は外で雪遊びがよか人―?」
六年三組の教室で、先生が多数決をとった。結果はもちろん雪遊びだ。視界の端で、俺は佐倉が手を挙げていなかったのを見ていた。
佐倉日菜子。
六年の三学期という特異な時期に転校してきた佐倉は、転校初日、東京からやってきたと先生から紹介されたとき、クラス中の目をくぎ付けにした。真っ白な肌にくりっとした大きな目、それを縁取る長くてカールしたまつ毛。小さな赤い唇。ぺこりと頭を下げたとき、顎下ラインのボブヘアがさらりとゆれた。芸能人なんかテレビでしか見たことがないけど、芸能人より綺麗だと思った。
瞬く間に佐倉の周りは人だかりができ、女子たちがあれやこれやと話しかける。
「ねぇねぇ、佐倉さんって東京から来たとやろ?」
「……うん」
「美人よねぇ」
「……」
佐倉は終始無表情、もしくは困ったように笑うだけだった。必要以上に返答もしない。ほんの数日で、佐倉は「憧れの的」から「すかした嫌な奴」へと急落した。
「佐倉さんって全然笑わんし。ウチらのこと、田舎もんってばかにしとるとやろ」
「ちょっと可愛かけんって、嫌な感じよね」
「でもさ、毎日同じ服着とらん? あれしか持っとらんとかな」
「洗ってないとじゃない? きたなー」
ある日女子のボス、権田が、その取り巻きたちと一緒になって、佐倉の陰口をたたいていた。佐倉が席を立った隙にこれだ。俺はこういう陰口みたいなものが我慢ならないタチだったから、
「おい。お前らこそ感じ悪かろうが。本人がおらん隙に悪口って」
思ったまま口にした。
「なんよ! 私たち別に悪口じゃなくて、本当のこと言いよっただけよ」
「そーよそーよ!」
「だいたいなんね。冬馬、佐倉さんのこと好きとか? 一目惚れってやつ?」
嫌な顔をして笑う女子たちに思いっきり顔をしかめる。すぐこうやって話が飛ぶ。俺が声を荒げようと口を開きかけたとき、後ろから声がした。
「僕も悪口嫌い。よく知りもせんで、人のこといろいろ悪く言うと、よくなかと思うよ」
学級委員長の晴斗だった。
俺が五十メートル走でクラストップになったら晴斗がテストで満点をとる。俺がクラスの中心でお笑い芸人の真似をして笑いをとったら、晴斗が宿題のわからないやつらを集めて勉強会をする。自分で言うのもなんだが、クラスの人気は、俺と晴斗で綺麗に二分していた(と思う)。
おもに女子に絶大な人気を誇る晴斗の声で、権田たち女子も我に返ったのかうやむやになったのだと思うが、そのへんはハッキリと覚えていない。でもこの瞬間、晴斗と心が通じた瞬間のことは、くっきりと覚えている。
俺も晴斗も性格や得意なものはてんで正反対だったけれど、仲間外れや嫌がらせといったものが大嫌いないわゆるヒーロー気質なところはよく似ていた。その一件から、俺たちは前より親しくなった。
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