小六、過去6

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小六、過去6

 翌朝、積もった雪は綺麗さっぱりなくなって、濡れたままの地面はじゃりじゃりした泥で覆われていた。あのあと教室に戻ってから、俺はどんな顔をしてどうやって過ごしたか覚えていない。  その日の俺のカバンの中には『雪のひとひら』があった。こっそり返して、なかったことにするつもりだった。でも。 「突然やけど、佐倉さんは転校しました」  先生が言ったその言葉に思わず顔を上げた。佐倉の席の向こうを見ると、俺と同じように、目を見開き、口が開いたままになっている晴斗が見えた。なんで、と今にも口走りそうな顔をしている。 「ご家庭の事情でね。はい、じゃあ出席とります」  ざわつく教室内を押し切るように、先生が点呼を始めた。ゴカテイノジジョウ。晴斗に佐倉のことを聞くことはできなかった。何をどう聞いていいかわからなかったし、自分の気持ちもぐちゃぐちゃだったから。  俺はそのまま持ち帰った『雪のひとひら』を、時間がかかっても、今度は一生懸命理解しようと思いながら読んだ。ご飯も食べずに本を読みふける俺を見た両親は「頭でもおかしくなったんじゃないか」とひそひそしていたが、気にせず読んだ。読み終わったころには、夜の十二時をまわっていたと思う。  雪のひとひらの一生を数時間で体感した俺は、生まれて初めて本によっての感動を味わっていた。人間、死んだら無くなるのかと思っていた。死ぬのは怖いし、悲しいことだと。「おかえり」と迎えてもらえるなら、怖くないかもしれないな、と思って、鼻から長く息を吐く。  佐倉。読んだぞ。  今ならこの本のことで、佐倉と話ができるかもしれないのに。悔しい思いで最後のページ、貸し出し履歴を開いて、俺は自分の目を疑った。佐倉日菜子の貸し出し履歴が、綺麗さっぱり消えている。  そにあったはずの、佐倉日菜子の名前が。
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