八千日病〜時の神の呪い〜

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 思わずハッと息が漏れた。そして自分も殺されるのかと急激に足を震わせた中野だったが、黒澤が「違うわよ」と言う。 「死ぬのは私。使命を終えた人間は、さっさと舞台から消えないと」 「は!? な、なんで! 元の世界に帰るんじゃ……」  中野自身も驚くほど大きな声が出る。対して黒澤は全く怯むことなく、薄ら笑みさえ浮かべて続ける。 「榊を殺した時点で、八千日病が蔓延する未来は消滅した。私の帰る場所はもう無い。最初から覚悟の上よ」 「なら、このままこの時代で生きればいいじゃないですか! 病気だってさっきの博士の薬を飲めば」 「だめよ。私は本来、ここに居るべきでない人間。これ以上世界の理を乱して神様を怒らせたら、きっとまた別の災厄が降りかかるわ」 「……そ、それしかないんですか?」 「私が死んだ後、すぐにタイムマシンを破壊して、榊と私の死体は焼処分してちょうだい。八千日病は死者の血液からの感染は確認されていないけど、念のため薬は後であなたが飲むといいわ」  おそらく事前に準備していたのであろう、淡々と言葉を紡ぐ黒澤の姿に中野はもう彼女の決意は覆らないのだと悟る。  それこそ彼女がここに来る時に、あるいは生まれた時からずっと背負ってきた覚悟の重さだ。使命だ。  ならばその想いを無駄にしないためにも中野は、そろそろ自分も大人にならなければいけないと思う。  夢みがちなだけのガキから、強い意志を持った大人に。  血が出るほど奥歯をギリギリと噛み締めながら中野がようやくのこと頷くと、黒澤は「ありがとう」と呟いた。そして榊の血のついたナイフを今度は自身の首筋にあてがい、ゆっくりと瞼を瞑る。  中野は決して目を逸らすことのないよう、気高きその姿を最期まで目に焼き付ける。  中野は今から黒澤の自殺を止めずに見逃す。それは言い換えれば、中野が黒澤を殺すのと同義だ。  世界なんてどうでもいい。ただ「世界を守る」という黒澤の意志を守るため。  中野は彼女のために、彼女を消すことに決めた。 「それじゃ、後はよろしくね。中野くん」 「……さよなら。黒澤さん」  血飛沫とともに黒澤の身体がベッドに崩れ落ちる。  彼女が消えた世界には、大人一人と、彼女が守った平和な未来が残った。
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