八千日病〜時の神の呪い〜

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「あら。中野くん」  榊に頼まれた薬品を取りに別室に行くと黒澤がベッドに腰掛けていた。目を覚ましていたようだが、なぜか一糸纏わぬ彼女の姿に驚く。  彼女もまた急に羞恥心というものを思い出したように布団で身体を隠すも、チラリと見えた「23」という文字に中野はいかがわしさより切なさを覚えた。  大丈夫。きっと、薬の完成は間に合うはず。 「昨日の被験の後そのままだったのよ」  当然のように黒澤は言うが、ということはつまり榊が服を脱ぐように命じたのだろうか。  いくら検体とはいっても年頃の女性を辱めるようなやり方には抵抗がある。まぁ榊は研究となると我を忘れるタイプだし、奥さんや家族を大事にしている人だから邪な意図は無いのだろうけど…… 「私ね、生まれつき胸に数字があったのよ。母子感染ってやつ」  妙な間を繋ぐためか黒澤が口を開いた。女性と話し慣れていない中野の口からは「ああ、うん」なんていう気の利かない返事が漏れる。  特に気に留めるでもなく、黒澤は続ける。 「残酷なものよ。生まれたその瞬間から余命宣告されているんだもの。両親を恨んだこともあったわ。なんで八千日病に罹患してるくせに、子供なんて作るんだって。  だけどある時ふと、この世に生まれたからには何か使命があるはずだって思ったの。そして後にその使命が『世界を守ること』だって気付いた。だから私はこうして今ここにいる。私がこの世に生まれた意味、私だけの使命を果たすために」 「黒澤さん……」 「急にこんな話されても困るわよね。ごめん、忘れて」  布団にくるまって狸寝入りを始めた黒澤に、中野はさっき榊から言われた「黒澤には真の目的がある」という話を思い出していた。  こんなにまっすぐな彼女の言葉が嘘だとは、中野にはどうしても思えなかった。彼女は純粋に世界を救おうとしている。真の目的だなんて、きっと榊の思い過ごしに違いない。  頼まれた薬品を探しつつ、ついでにベッドの上のこんもり盛り上がった部分に向けてかけるべき言葉も探したが、結局は「おやすみなさい」だけ残して部屋を後にした。
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