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70 有難い話
わずかに汗ばむ身体を座席から引き剥がして、勢いよくホームへ飛び出す。久しぶりに訪れた小さな街は、相変わらず賑わいを見せており、なかなかにディープな飲み屋が軒を連ねている。
大将の店、だけでもちろん分かるはずもなく、いくつか心当たりがあったので唐沢に送ったところ彼女の現在地を示す住所が送られて来た。
(飲み潰れていないと良いけど……)
指定された店まで行くと、入ってすぐに唐沢を見つけることが出来た。カウンター席に肘を突いて店員とゲラゲラ笑い転げている。
「唐沢さん……!」
「おおー間宮さん!本当に来てくれたんだ!」
「来ますよ、行くって言ったじゃないですか」
「んふふっ!やっぱり持つべきものは女友達ねぇ」
少し笑ってまたお猪口に口を付ける横顔がどこか寂しげに見えて、私は胸がぐっと苦しくなる。
唐沢が彼氏と上手くいっていないという話は何度か聞いていたけれど、その度に話し合いを重ねて解決しているようだったし、最近ではそうした相談も受けていなかったから正直なところ驚いた。
「何頼む?てか飲む?」
「あ、そうですね………」
「赤嶺先生に怒られちゃうかな。明日も仕事だもんね」
「いえ、そんなことは、」
「順調にいってる?見たところそう見えるけど」
矢継ぎ早に繰り出される質問を前に閉口した。
ただ頷けば済むはずなのに、言葉に詰まる。
上手く言葉に出来ないけれど、もやもやした何かが胸の内にあるのは本当だった。だけど、それが何なのかは分からない。
赤嶺と一緒にいる間、彼は私のことを気遣ってくれるし、恋人のように扱ってくれる。きっと理想の彼氏なんだと思う。大人の恋とはたぶんこんな感じで、一から十まで説明しなくてもお互いなんとなく理解し合っているような。
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