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それから僕は、子供たちと一緒に雪の花を育てる手伝いを始めた。
僕の主な仕事は境界にある大きな湖から水を桶に入れて運ぶこと。そして運んだ水で子供たちが、水やりをするのだ。
手袋はしているものの誤って花や子供たちに触れる可能性がある。そのため力仕事でしんどいとはいえ、この作業は向いている気がした。
ここで働いていて、気づいたことが三つある。
まず子供たちに名前がないこと。不便じゃないのかと思ったが、お互いに着物の柄で呼び合っているので、当人たちはそれほど気にしていないようだ。
「あ、この芽は間引いた方がいいかな」
湖へ再び行こうとした僕は、花の芽が密集しているのを見つけた。確か集まりすぎていると、発育によくないと聞いたことがある。
そこで、貧弱そうな芽を抜こうとした。
「お兄ちゃん、なにしてるの?」
思わず僕の肩はビクッと跳ねた。何故なら気配もなく、一人の少女が立っていたからだ。
相手は特に仲がいい桜柄の着物を来た少女──便宜上、「桜」と呼んでいる子だった。
「桜か。びっくりさせないで」
「勝手に抜いちゃダメなんだよ?」
「でも間引かないと、周りの花もダメになっちゃう」
「間引くのはダメ。絶対」
いつも笑顔の桜が、能面のように無表情で言う。何かが逆鱗に触れたのだろうか?
何も言えずにいる僕に、桜はいつものようにニコッと笑い告げる。
「そういう芽はね。こうしてあげればいいんだよ!」
桜は僕が抜こうとしていた芽を抜くと、少し離れた場所に植え直した。確かにこうすれば密集は解消される。
「その手があったか」
「ね? だから、勝手に処分しちゃダメ。大事な雪の花なんだから」
「教えてくれてありがとう」
「えへへ……あ、そうだ! お兄ちゃん、花を運ぶの手伝って!」
「いいよ」
切り花でいっぱいの籠を背負って、一緒に昊天様の元へ向かう。彼はいつも能舞台のような木造の建物にいた。
「昊天様~雪降らしてください!」
「あい、わかった」
そう言うと昊天様は、大きな扇子を二つ取り出した。そして開くと、舞を踊り旋風を巻き起こす。そして切り取られた花は、空に舞い上がって見えなくなった。
二つ目は、昊天様はここの管理者だけではなく、雪を降らせる神様のような存在ということだ。
彼が起こす風に乗ることで境界を越え、現世に雪が降るらしい。
「わぁ~」
桜が、感嘆の声を上げる。
そして気づいたこと三つ目。ここにいる子供たちは見たところ全員、一〇歳ぐらいであるということだ。
一四歳の僕が最年長と言えるだろう(ここで彼らが何年生きているかは別として)。
それにしても昊天様以外、子供しかいないなんて。
「──ネバーランドみたいだ」
「お兄ちゃん。『ねばーらんど』ってなに?」
「『ピーター・パン』っていう話の舞台の名前。ピーター・パンっていう空を飛ぶことができる少年と冒険するんだよ」
昔、母に何度も絵本の読み聞かせをせがんだものだ。僕の一番好きな話とも言える。そう言えば……。
「『ロスト・ボーイズ』っていう登場人物たちもいたな」
「なにそれ?」
「『迷子』って意味で、親とはぐれて年を取らなくなった子供たちのこと……そう考えると、ここにいる皆は『ロスト・ボーイズ』みたいだね」
何気なく、悪意もなく言った言葉だった。でも、桜には違ったらしい。
「『親』って何?」
「えっ、桜を産んだ大人のことだよ。僕たちは皆、親っていう存在から産まれてきたんだ」
「そんなの知らない! 私たちはここで生まれて……親なんて知らない。知らない。知らない知らない知らないしらないしらない」
桜は頭を抱えて、壊れたように同じ言葉を繰り返し始めた。昊天様は桜の目元を手で覆うと、優しく声をかける。
「忘れなさい。今のはただの泡沫の夢だ」
昊天様が目元を覆っていた手を離すと、桜はきょとんとした顔をしていた。
「……あれ、私。何していたんだっけ?」
「花を届けてくれたのだよ。でも思っていた以上に疲れているようだ……少し休むといい」
「うん。わかった! お兄ちゃんは?」
「私は彼と少し話すことがあるから、先にお行き」
「じゃあ、またあとでね!」
手を振り去った桜の姿が見えなくなった瞬間、僕の感情は爆発し叫んだ。
「何なんだよ、一体!?」
僕は限界だった。
この世界に来てから、わからないことばかり。しかも原因は僕にあるようなのに、詳しいことは何もわからない。
「……もう、嫌だ」
自分の無力さに嫌悪すら覚える。うずくまってしまった僕の肩に、そっと昊天様は触れた。
「すまない。答えを出すには、手がかりが少なすぎたな。星斗には本当のことを話そう……お前は知っておいてもいいはずだ」
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