4人が本棚に入れています
本棚に追加
僕と昊天様は、舞台に並んで腰かける。
純白の花々が咲きほこる花畑を見つめつつ、昊天様は話し始めた。
「星斗よ。あの世、天国に行くのには何が必要だと思う?」
「死んだら皆、自動的に行くんじゃないの? あ、でも地獄もあるから……生前に罪を犯したか、そうじゃないか?」
「では死後も現世に残る幽霊と、天国に行く者との違いは何だ?」
「……わからない」
「答えは自身の死を受け入れられるか、否かだ。受け入れられず未練がある者が、現世でさまよう霊となる」
「なるほど」
「では受け入れることなく、未練もない者はどうなると思う?」
「……そんな人がいるんですか?」
「あぁ、いるとも。自分が親から生を受けたこと、物心がつく前に『間引く』という名目で殺された赤子たちが」
そこで僕の中に、一つの答えが出た。だが、それは恐ろしさで身震いしそうな内容で。
「じゃあ自分が親から生まれたことを知らず、未練すら持つ前に死んだ赤ん坊がたどり着くのが、現世でも天国でもない──この『境界』にいる子供たちだっていうんですか」
「そうだ」
あんな無邪気に笑う彼らが、生まれてすぐに親の都合で殺されたなんて。
でも、これで疑問に思っていたことが全て解決するのも事実。
彼らに名前がないのは?
──名づける前に、殺されたから。
桜が「親」という言葉に過剰反応したのは?
──親という存在を知らないから。いや自分を殺したのは「親」だと感覚的には、わかっているのかもしれない。
「赤子のままでは、何もできないからな。一〇歳ぐらいまでは成長させるが、そこまでだ」
「なら、何で僕は『境界』にいるんですか?」
以前、昊天様は僕や子供たちが境界にいるのは、「訳あり」だからと言っていた。子供たちの訳はわかった。
では、僕は?
「親に見捨てられたお前が、自身を間引こうとしたからだ。死のうとして雪山に向かったことなど、わかっている」
「……お見通しなんですね」
「星斗はどうしたい?」
「え?」
「この境界に居られるのは、子供のみだ。もうすぐ成人するお前をこのまま置くことはできない」
「成人って、僕はまだ一四歳で」
「『元服』を知らぬのか? 古くから子供は一五歳で大人になるのだ」
クリスマスにここに来て、僕の誕生日は一月。何日経ったかわからないが、昊天様の言葉からもうすぐ一五歳の誕生日が来るのだろう。
「お前が死なずにいるのは、お前の生を祈っている者がいるからだ」
「お母さん?」
「いや、違う。見せてやろう」
昊天様が僕の頭を引き寄せ、互いの額を合わせる。すると、僕の脳内にとある景色が流れた。
そこには病室のベッドで昏々と眠る自分。そしてそんな僕の手を握る祖父母の姿だった。
「雪山に行く前に、この者たちに文を送っただろう?」
確かに送った。「メリークリスマス! 暖かくして元気に過ごしてね。今まで、ありがとう」と。
それを聞いた昊天様は、呆れた顔をして言った。
「それはもはや遺書ではないか。そんな文が届いたら、駆けつけるだろうよ」
「……心配してくれたんだ」
「しかし死の淵から還ったところでどうだ? また自分を捨てた親の元で暮らすことになる。それだったら、ここで永遠に暮らせばいい」
ジッと昊天様が、天藍色の瞳で僕を見つめてくる。
「星斗がここで暮らすというのであれば、生きていた頃の辛い思い出は消してやる。必要のないものだからな」
死ぬために向かった雪山で、確かに僕は願った。「このまま思考も感情も真っ白に塗りつぶしてほしい」と。
なら、ここで暮らすのもいいのかもしれない。
「昊天様、僕の記憶を消し──」
最初のコメントを投稿しよう!