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「ダメ!」
声のした方を見ると、桜がこちらに向かって来ていた。
「桜!?」
「気になって戻ってきたの……お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
自分の頬に触れてみると、濡れる感触があった。桜の言う通り、涙を流していたようだ。
「昊天様! なにする気なの!?」
「これも星斗のためなのだ」
「お兄ちゃん、悲しい顔してた! なのに『誰かのため』って言わないで! ──私の親みたいに!」
「まさか記憶が戻ったのか?」
「私の親も生まれた自分に言った。『家族のために死んでくれ』って……悲しかった。だから昊天様も私の親みたいなことしないで」
そして桜は大泣きし始める。それを見て、僕の意志は固まった。
「……昊天様。僕は現世に帰る」
「戻っても、ろくでなしの親の元で悲しい思いをするだけだ」
「かもしれない……でも僕に生きて欲しいと思う人がいる。それだけで十分」
「わかった。星斗を帰そう」
「私も連れて行って! お兄ちゃんが、幸せになれるように見届けるの!」
桜が僕の腰にしがみついて言う。しかし死者の桜が現世に行くことができるのだろうか。
「いいだろう。境界から出る意思があれば、その魂は転生できる……星斗のおかげだ」
「僕の?」
「長らくこの境界から出ようとする童はいなかった。お前を招いてよかったよ」
そう言うと、昊天様は雪の花を送るための大きな扇子を再び取り出す。
そして舞って、一陣の風を起こした。今までと違うのは、たくさんの花が風によって船のような形を維持していることだ。
「お前たち専用の『花筏』だ。これに乗るといい」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。昊天様!」
「では、行くぞ!」
昊天様が再び扇子で風を起こす。僕たちを乗せた花筏は、青空に向かって浮上し進み始めた。
そして強い光に包まれたと思うと、眼下には見慣れた街並みが広がっていた。
──やった! 現世に帰ってきたんだ。
喜んだのも束の間、僕はあることを思い出す。雪の花は現世に降るころには溶けて、雪の結晶になることに。
そしてついに花筏は壊れて、僕と桜は空に放り出された。
「桜ぁ!」
手を必死に伸ばす僕に、桜は笑顔で言う。
「お兄ちゃん。絶対、会いに行くから……幸せになってね」
それが、彼女の最後の言葉だった。
次に目を覚ました時には僕は病院のベッドの上で、祖父母に「よかった。よかった」と涙ながらに抱きしめられた。
それは一月一五日、僕の一五歳の誕生日のことだった。
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