迷い子たちの花畑

6/7
前へ
/7ページ
次へ
「ダメ!」  声のした方を見ると、桜がこちらに向かって来ていた。 「桜!?」 「気になって戻ってきたの……お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」  自分の頬に触れてみると、濡れる感触があった。桜の言う通り、涙を流していたようだ。 「昊天様! なにする気なの!?」 「これも星斗のためなのだ」 「お兄ちゃん、悲しい顔してた! なのに『誰かのため』って言わないで! ──私の親みたいに!」 「まさか記憶が戻ったのか?」 「私の親も生まれた自分に言った。『家族のために死んでくれ』って……悲しかった。だから昊天様も私の親みたいなことしないで」  そして桜は大泣きし始める。それを見て、僕の意志は固まった。 「……昊天様。僕は現世に帰る」 「戻っても、ろくでなしの親の元で悲しい思いをするだけだ」 「かもしれない……でも僕に生きて欲しいと思う人がいる。それだけで十分」 「わかった。星斗を帰そう」 「私も連れて行って! お兄ちゃんが、幸せになれるように見届けるの!」    桜が僕の腰にしがみついて言う。しかし死者の桜が現世に行くことができるのだろうか。 「いいだろう。境界から出る意思があれば、その魂は転生できる……星斗のおかげだ」 「僕の?」 「長らくこの境界から出ようとする童はいなかった。お前を招いてよかったよ」  そう言うと、昊天様は雪の花を送るための大きな扇子を再び取り出す。  そして舞って、一陣の風を起こした。今までと違うのは、たくさんの花が風によって船のような形を維持していることだ。 「お前たち専用の『花筏(はないかだ)』だ。これに乗るといい」 「ありがとうございます!」 「ありがとう。昊天様!」 「では、行くぞ!」  昊天様が再び扇子で風を起こす。僕たちを乗せた花筏は、青空に向かって浮上し進み始めた。  そして強い光に包まれたと思うと、眼下には見慣れた街並みが広がっていた。    ──やった! 現世に帰ってきたんだ。  喜んだのも束の間、僕はあることを思い出す。雪の花は現世に降るころには溶けて、雪の結晶になることに。  そしてついに花筏は壊れて、僕と桜は空に放り出された。 「桜ぁ!」  手を必死に伸ばす僕に、桜は笑顔で言う。 「お兄ちゃん。絶対、会いに行くから……幸せになってね」  それが、彼女の最後の言葉だった。  次に目を覚ました時には僕は病院のベッドの上で、祖父母に「よかった。よかった」と涙ながらに抱きしめられた。  それは一月一五日、僕の一五歳の誕生日のことだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加