偶然です

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偶然です

「変なところはないかしら」  屋敷のヴェネットの部屋。  支度をしてくれた侍女の前でヴェネットは一回転してみせる。 「お嬢様、とても可愛らしいです。ワンピースに編んだ髪がよくお似合いです」  ヴェネットの侍女エリーがにこやかに答えた。  今日のヴェネットは花柄のワンピースを着て、髪は片側にまとめ、編んでもらった。ヴェネットの一束だけ違う桃色の髪の部分がリボンを編み込んだように見えて、自分で言うのもなんだが可愛らしい。 「お嬢様、今日のお祭りはどなたと行くんですか?」 「とくに約束はしてないの」 「え……?」  いつも以上にお洒落をしたヴェネットに、てっきり好きな相手と行くのだと思っていた侍女エリーは肩透かしを食らう。 「心配しないで早めに帰る予定だから」 ―――― ――――――― 「あれ?テオドール様、偶然ね。ひょっとしてここで待ち合わせ?」 「……ああ」  偶然などではない。街の定番の待ち合わせスポット、噴水広場で今から30分前に着いたヴェネットは彼が来るのをこっそり待ち構えていたのだ。  真面目なテオドールはいつも約束のだいたい30分前には待ち合わせ場所に来るのを知っていたから。 「私も友達と待ち合わせてるんだけど早く着きすぎちゃって。テオドール様は何時に待ち合わせなの?」 「13時だ」 「それじゃあお互いまだ時間があるわね。もしよかったら時間まで少し見てまわらない?」 「いや。他にも早く誰か来るかもしれないから。僕はここで待ってるよ」 「あ、じゃあ、あそこのお店だけでも一緒に見ましょ。あそこならここに誰か来てもよく見えるし。ね、お願い」  ヴェネットはテオドールの返事を聞かず勝手に歩きだした。テオドールはため息をつくと、彼女の後についていく。 「見て、美味しそうなパンが売ってるわ」 「………」 「あ、こっちのお店は雑貨がいろいろ売ってる。面白いわね」 「……そうだな」  ちっとも興味がなさそうにテオドールが言った。 「あっ、これ可愛い」  ヴェネットは雑貨の中にあったブローチに目をとめた。  花や動物をモチーフに細かい刺繍がされていてとても可愛らしい。 「何か買おうかな。テオドール様、よかったらどれがいいか選んでくれない?」 「…自分の好きなものを買ったほうがいいよ」 「で、でもせっかく一緒に見てるんだし。じゃあ、これかこれならどちらがいいかしら?」  ヴェネットは猫とひつじがそれぞれ可愛らしく刺繍されたふたつのブローチを指差し、テオドールに尋ねる。 「……じゃあ、こっち」  テオドールは小さくため息を吐いて、手近にあった猫の刺繍のブローチを指差した。 「ありがとう!じゃあこちらにするわ。  すみません。これとそれからこれもください」  ヴェネットは選んでもらった猫のブローチと、近くにあった落ち着いた色合いの犬の刺繍のブローチを買った。 「テオドール様、選んでくれたお礼にもらってください」  ヴェネットは一緒に買った犬のブローチをテオドールに差し出した。 「いらない。()()()にあげれば?」 「…え?あいつ?」 「……そろそろ友人が来るかもしれないから戻るよ」 「そ、そう。選んでくれてありがとう。それじゃあお祭り楽しんで…」  テオドールはヴェネットを残しさっさと待ち合わせ場所である噴水の前まで戻っていく。 「………」 (もうちょっと見てまわりたかったな…残念…)  ヴェネットは離れていくテオドールの背中をしばらく見つめる。  さすがに一緒に噴水まで戻って、実は誰とも待ち合わせてないことがバレては困る。  噴水広場を後にしたヴェネットはせっかくお洒落して来たのだしと奮起して、今日の祭のため色とりどりのハンカチのガーランドがあちこちに飾られた街を見てまわった。  とても華やかで賑やかで、最初は浮かれた気持ちで見ていたヴェネットだったがやはりひとりでは思うように楽しめない。 (そろそろ帰ろうかな…)  歩き疲れて公園のベンチでひと休みする。  ひとつ隣のベンチには恋人同士なのか男女のカップルが仲良く座っていた。  ヴェネットは鞄から先程購入した猫のブローチを取り出して見る。 (今ごろテオはスコット様とフロレーラ様とお祭りを楽しんでいるのかしら…)  髪も服もけっこう頑張ってお洒落してきたのにテオドールには何も言われなかった。 「ねえ、君。もしかしてひとり?」  急に声をかけられ、顔を上げると見知らぬ男性が立っていた。  しかしすぐにヴェネットの視線は男性の後方で歩いていたある人物に移る。 「スコット様!?」 「――ヴェネット嬢?」  ヴェネットは声をかけてきた男性を軽くスルーすると勢いよくスコットの方へ近づいた。 「スコット様、今日はテオドール様と一緒ではないんですか?」 「あー、さっきまで一緒だったんだけど、フロレーラ嬢にこっそり頼まれたんだよね。少しだけでいいからふたりっきりにさせてって。だから抜けてきた」  軽く笑みを浮かべながら、信じられないことを話すスコットの頬をヴェネットは思いっきりつねってやりたい衝動に駆られた。 「ヴェネット嬢は誰かと来てるの?ひとり?だったら俺とまわる?」  スコットの言葉はヴェネットの耳には入ってこない。それどころではないからだ。  今、テオドールはフロレーラとふたりだけで祭を見てまわっているのだ。  それって……まるでデートみたい… (なんてこと!)  ヴェネットはいてもたってもいられずふたりを探しに駆け出した。スコットが何か言っていたが無視した。
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