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お揃いの…
スコットが要らぬ気を利かせたため、ふたりっきりで祭をまわっているテオドールとフロレーラを、ヴェネットは必死に探す。
祭で普段とは比べ物にならないくらい人も多い。ふたりを見つけるのは難しかったが、諦めず探していると、大通り近くのベンチが並ぶ休憩スペースでふたりの姿を見つけた。
ここまで勢いだけでふたりを探しだしたヴェネットだったが、さすがにそのままズカズカと割って入る図太さはもっていなかった。
物陰からふたりをこっそり観察する。
テオドールとフロレーラはベンチに座り、出店で買ったのだろうクレープを食べていた。
時折、何か楽しげに会話している。
(あんなに楽しそうに………)
ヴェネットと一緒の時、テオドールは全然楽しそうじゃなかった。
(…!!)
その時ヴェネットはふたりの手首にお揃いのバングルが光っていることに気がついた。
噴水広場で会ったときにはテオドールの手首にそんなものはなかったはずだ。
(お揃いで買ったの…?)
ヴェネットが渡そうとしたブローチはあんなにはっきり「いらない」と断わったくせに。
彼は気軽に女性とお揃いのものを身につけるような性格ではない。フロレーラとお揃いのものを身につけるのは抵抗がないということか。
「……っ」
胸が苦しくて、手に持ったままだった猫のブローチをぎゅっと握りしめた。
―――実際は先ほど会ったスコットも同じバングルをはめていたのだが、彼に興味のないヴェネットは全く気がついていなかった――――
(もしかして付き合うことになったの…?)
ふたりを探している最中はあんなに邪魔してやろうと意気込んでいたが、いざとなると足が動かなかった。
これ以上、仲の良い2人の姿を見てはいられず、ヴェネットは引き返すと、暗い気持ちでとぼとぼと人混みのなかを歩いていく。
もし本当にテオドールとフロレーラが付き合うことにしたのなら、ヴェネットはもう彼のことを諦めるしかない。
でもテオドールにいくら素っ気なくされても、ヴェネットはまだ彼のことが大好きで、とても諦められそうにない。
どのくらい当てもなく歩いたのだろう。
いつの間にか周りが静かになり、ヴェネットはやっと辺りを見渡した。
(あ、あれ?ここはどこ?)
気がつくとヴェネットは人気のない裏路地に入り込んでいた。陽当たりも悪く、治安もよくなさそうな場所だった。
ヴェネットは慌ててひきかえす。
――と、急に眼前に大きな壁…ではなく大きな男が立ちはだかった。
「お嬢ちゃん。こんな暗い路地に何の用?危ないよ」
男はヘラヘラと笑みを浮かべてはいるが、頬には傷跡があり人相も正直言ってあまり良くない。
「あ、ごめんなさい。道を間違えてしまって…」
ヴェネットはそろそろと男と距離をとる。
男からは酒の臭いがした。
「へえ、そうなんだ。じゃあ俺らが道案内してあげるよ」
「け、結構です」
「いいから、こっち来なよ」
男の背後からもう1人スキンヘッドの男が出てきてヴェネットの腕を掴もうとする。
間一髪、小柄なヴェネットは素早くしゃがみ、男の腕から逃れるとそのまま全速力で走って逃げる。
「おい、待て!」
どこまでも追いかけてくる男たちから逃げるためヴェネットは闇雲に裏路地を走る。最早どこをどう行けば元にいた大通りに戻れるのかわからない。
途中、暗い小道に身体を隠せそうな積み上げられた木箱を見つけヴェネットは咄嗟にその陰に身を隠す。
乱れた呼吸を必死に整え、息を殺した。
男たちの足音が近づく。
「どこだ?」
「あの足では遠くまでまだ行ってないはずだ」
恐怖からガクガクと震えが止まらない。
ヴェネットにはもう逃げる体力はほとんど残っていなかった。
もしも見つかってしまったら―――
(怖いっ…誰か…テオ)
◆
(スコットめ、結局戻ってこなかったな…)
テオドールは自身の手首に光る、バングルを恨めしげに見つめる。
祭の最中、スコットが記念にと勝手に3人分購入してほとんど強引にテオドールの手首にはめたものだった。
その後、スコットは急用を思い出したとかで、急に帰ると言い出した。それなら少し早いけど解散しようとテオドールが言うと、フロレーラにもう少し見てまわりたいと懇願された。
婚約者でもない女性とふたりきりもどうかと迷っているとスコットが1時間ほどで戻ってくるかもしれないからそれまで2人でまわっていて欲しいと言うのでそれならばと了承した。
しかし結局、時間を過ぎてもスコットは戻ってこず、先ほどフロレーラを彼女の家の馬車まで見送ったところだった。
テオドールも帰ろうと歩きだした時、前方でキョロキョロと誰か探しているような女性が目に留まった。
「失礼。君は確かヴェネット嬢のところの侍女だったな。どうかしたのか?」
「テオドール様!お久しぶりです。実はお嬢様がまだ帰ってこないんです。お昼前にすぐ帰るとおっしゃって出掛けられたので心配で…」
「一緒に祭りをまわっている友人の家に連絡は?」
「それが…どなたとも約束はされてないと出かけるときお嬢様が仰っていて」
「誰とも…?」
テオドールは首をかしげる。噴水広場で出くわした時ヴェネットは待ち合わせをしていると確かに言っていた。
「とにかく僕も探すの手伝うよ」
「ありがとうございます」
テオドールは噴水広場から順に思いつく場所、大通りや近くの公園を走りながら探した。
途中、出店の片付けをしている店員にヴェネットの特徴を伝え、見てないか聞いたりもしたが残念ながら有力な情報は得られなかった。
独断で探しに来たというヴェネットの侍女は一度屋敷に戻って、家令に報告してくるとテオドールに言い残し、慌てた様子で戻っていった。
(どこにいるんだ?)
テオドールは次第に焦燥に駆られる。
もう少しすれば日も傾き始める。そうすればあっという間にあたりも暗くなっていく。
貴族の令嬢がひとり出歩くのは危険が多すぎる。
思いつく場所は一通り探したもののヴェネットの姿は見つからなかった。ずっと走りっぱなしだったテオドールはさすがに息があがり立ち止まる。額から滴り落ちる汗を服の袖で乱暴に拭った。
ふと、通りの隅で店の片付けをしている女性が目に留まる。
「すみません―――」
「赤にピンクの髪の―――……そういえば可愛らしい女の子がふらふらとあちらの方向に歩いていくのを見たわ。少し心配で声をかけようと思ったけどちょうどお客さんが来てしまって…」
女性の店員が差した方向は裏路地へと続く道だった。進めば進むほど治安があまり良くない場所に繋がっていく。
『とても嬉しい。ありがとう』
不意に、テオドールが渡した白薔薇の花束を嬉しそうに受けとるヴェネットが思い浮かぶ。
(くそっ)
テオドールは店員へ礼を言うと再び走りだした。
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