助けてくれたのは

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助けてくれたのは

どのくらいの時間が経ったのかよくわからない。ヴェネットは暗い小道の木箱の陰にひたすら息を潜めて隠れていた。  男たちの足音が遠のいてからしばらく経った気がする。 (日が暮れる前にせめて大通りには戻らないと…)  なかなか帰ってこないヴェネットに、侍女のエリーも心配していることだろう。  物音をたてないようにそろりと立ち上がり、ヴェネットは再び歩きだした。  ―――と、曲がり角の先から近づく足音が聞こえた。さっきの男たちが戻ってきたのかもしれない。ヴェネットは恐怖から足がすくむ。 「――ヴェネット嬢か?」 「っ…」  曲がり角から現れたのはオーランドだった。 「よかった!君がこちらの方へ歩いていくのを偶然見かけて、心配で探してたんだ」 「オ、オーランド様!」  見知った顔に緊張の糸がゆるむ。  ヴェネットの瞳から涙がこぼれ落ちた。 「どうした?何かあったのか?」  ヴェネットは路地裏に迷いこんでしまったこと、知らない男たちに追われたことを泣きながら途切れ途切れに話した。 「すまない。もっと早く見つけていれば怖い思いをせずにすんだかもしれない」 「い、いえ。探しに来てくれてありがとうございます」  ガタッ  通り風で立て掛けてあった木箱が倒れ、ヴェネットは大きく身体を震わせた。 「こんな場所にいつまでもとどまっているべきじゃないな」  テオドールは着ていた上着を脱ぐと、それをヴェネットの肩にかけ、すばやくヴェネットを横抱きに持ち上げた。 「オーランド様!?大丈夫です。自分で歩けます」 「君は気づいてないかもしれないが、さっきからずっと震えている。心配だからこの路地を抜けるまで運ばせてくれ」 「っすみません、ありがとうございます」 「いいんだ。しっかり俺に掴まっていて」  オーランドは軽々とヴェネットを抱いたまま裏路地を進んでいく。 「オーランド様、婚約者様は大丈夫でしたか?私のせいでご迷惑を…」 「いや、大丈夫だ。彼女も週明けに学園があるから早めに帰ったんだ」 「そうでしたか」  やがて、明るくひらけた場所にたどり着き、ヴェネットも見知った通りに戻ってきたことがわかった。  ここまで運んでくれたオーランドにもう大丈夫だと告げ、腕から下ろしてもらう。  そのとき――― 「ヴェネット!」 「テオ…ドール様?」 「どこに行っていたんだ?!君の家のものが心配していたぞ。オーランドと一緒だったのか――」  そこでテオドールが驚いたように息をのむ。  ヴェネットの髪が乱れ、服は土埃で汚れていた。なにより泣きはらしたことがわかるくらい瞳が真っ赤だった。 「何があったんだ?」  テオドールが睨むようにオーランドの方を見たので、慌ててヴェネットは言った。 「あ、オーランド様には助けていただいたんです!私ひとりで路地裏に迷いこんで困っていて」 「…そうだったのか。とにかく無事でよかった。君の家の侍女が馬車で迎えに来ている。呼んでくるから、君はここで待っていろ」 ――― ――――――  ヴェネットの家の馬車が迎えに来るまでオーランドは一緒に待っていると言ってくれた。 「オーランド様には本当に助けられてばかりで、どうお礼をしたらいいのか…」 「いいんだ。俺だって君には助けられているからな」 「私に?」 「ああ、君に出会わなかったら俺は今もきっと呪いからも婚約者からも逃げ続けていた。向き合えるようになったのはヴェネット嬢、君のお蔭だ」 「それなら、私だってオーランド様がいてくれて話を聞いてくれるから折れずに頑張れているんだと思います」 「そうか」 「オーランド様。私たち呪いに負けずに絶対幸せになりましょうね」 「ああ、そうだな」  拳を握りしめ小さくガッツポーズをするヴェネットに、オーランドは柔らかい表情で答えた。以前に比べるとオーランドはだいぶヴェネットの前で表情を出してくれるようになった。  テオドールが馬車を連れてくると、オーランドは、「今日はゆっくり休んで」と言って帰っていった。 「お嬢様~心配しました。もう少しで捜索願いを出すところでしたよ」  侍女のエリーが半泣きになりながらヴェネットに抱きつく。 「心配かけて本当にごめんなさい」 「無事でよかったです~」  そのまま馬車を呼んできてくれたテオドールも屋敷まで送ることになり一緒に馬車に乗り込む。  向かいに座り、窓の外を眺めているテオドールをチラッと見ると、その手首にはバングルがはめられたままだった。 (あの後もフロレーラ様とお祭りを楽しんだのかな…) 「お嬢様、本当によかったです。テオドール様もずっと心配して探してくださっていたんですよ」 「えっ、()()()?」  侍女の言葉に驚いてヴェネットはテオドールを見た。 「いや、ちょうど帰ろうとしたところに君の家の侍女と会って。成り行きで」 「そうだったんですね。テオドール様、ありがとうございました。心配かけてごめんなさい」 「いや、いいんだ。…ところで、君はひとりで行動していたのか?待ち合わせの友人はどうした?」 「あ、えっと…急遽来られなくなって…せっかくだからひとりでも祭を見に行きたかったの…」  まさかテオドールに会いたいがために誰かと待ち合わせのフリをしていたなどと言えなくて、ヴェネットはゴニョゴニョと誤魔化す。 「……オーランドのことは誘わなかったのか?」 「オーランド様ですか?いえ。オーランド様も婚約者の方と先約があったので――」 「婚約者…?オーランドに婚約者がいるのか?」  テオドールが驚いたように聞き返す。 「あ、はい」 「君は…知っていたのか?それでも平気なのか?」 「そ、そうですね」 「……そうか」  どうしてテオドールがそんなふうに聞くのかわからなかったが、ヴェネットはオーランドに婚約者が居ようと構わないのでそう答えた。  再び何か考えるようにテオドールは窓の外を眺めはじめた。何を話したらいいかわからなくてヴェネットも黙っていた。  まさかヴェネットは婚約者がいても諦められないほどオーランドのことが好きなのだとテオドールに勘違いされていたとは夢にも思わなかった。
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