シンボルツリーとオーナメント

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シンボルツリーとオーナメント

本日の自習の時間。  ヴェネットたちのクラスは学園のシンボルツリーに飾るオーナメント作りをしていた。  学期末のこの時期は、校舎の玄関脇にある大きなシンボルツリーを手作りのオーナメントで飾りつけるのがこの学園の生徒の伝統行事だ。  木の枝に手作りのオーナメントを飾り付けたあと、願い事をすると叶うというジンクスもあるので特にそういうのが好きな女子生徒たちはオーナメント作りに力を入れていた。  チクチクチク  ヴェネットは真剣な顔でフェルトを縫い付ける。 「ねえ、ヴェネットそれ何作ってるの?変わった形ね?雲?もしかして…虫の幼虫とか?」  ヴェネットが縫い付けている白いモニョモニョした形のフェルトを見てハンナが首を傾げた。 「ち、ちがうわよ。ひつじさんよ」 「これが羊??もっとふっくらさせないと。オーランド様の方がよっぽど上手いわよ」  オーランドは意外に器用で、黄色のフェルトで教本の見本のような星のオーナメントを作っていた。 「そんなことない。俺のは面白味に欠ける。ヴェネット嬢の…それなんだっけ?虫の方がユニークでいいと思う」 「オーランド様までひどい!これはひつじさんよ!」 「ははっ、わるい」  ぷーと片頬を膨らめるヴェネットを見て、オーランドは思わず吹き出した。  目を細め、ふわっと笑う。 (!!)  ヴェネットもハンナもびっくりして彼の顔を凝視する。無表情の彼が感情を出すことは滅多になかったし、笑い顔などほとんど初めてだった。  オーランドは無表情に加えて、背が高いこともあって冷たく怖いイメージを持たれることも多かった。それが笑うとすべて払拭されて、顔立ちが整っていることもあり、それなりに破壊力がある。  近くで作業していた女生徒たちも手をとめてポーッと見惚れていた。  ―――  ――――――― 「ねえ、さっきオーランド様の笑顔見た?」 「そう、びっくりした。クールな印象だったけど、彼ってけっこう素敵よね―――」 「―――」 「――――」 「なんだよ。前はオーランドのこと冷たいだの、怖いだの言ってたくせに女子ってげんきんだよな」  休み時間、女子生徒の会話に耳をそばだててスコットは腕を組んで眉をしかめる。 「………」 「テオ?」 「あ、ああ。すまない、ぼんやりしてた」 「あの、スコット様、テオドール様。ちょっといいですか?」 「ん?ヴェネット嬢どうしたの?」  声をかけてきたヴェネットにスコットとテオドールが振り向く。 「実はさっきの時間オーナメントを作りすぎてしまって。よかったらもらってください」  ヴェネットは自習の時間や空き時間にせっせと作った羊のオーナメントを差し出す。  先にスコットに手渡し、その流れでテオドールにも受け取ってもらった。 「おっ、サンキューな」 「……ありがとう」 (よかった!受け取ってもらえた…)  もともと裁縫好きの生徒なんかが、たくさん作りすぎたオーナメントを友人に配って一緒に飾り付けてもらうことはよくあることだった。ヴェネットは裁縫好きでも器用でもなかったが、テオドールに渡したくて、空き時間も利用して頑張って複数個作ったのだ。  恐らくテオドールだけに渡そうとしても受け取ってもらえないだろうと考えたヴェネットは友人のスコットの分も用意したのだった。その作戦が功を奏したのかテオドールにも断られることなく受け取ってもらえた。  もちろんテオドールには一番出来が良いものを渡した。  ヴェネットが離れた後、スコットは渡されたオーナメントをまじまじと見た。 「これなんだ?虫の…幼虫とか?ヴェネット嬢、斬新だな」 「……いや、これは羊だ」 「は?これが羊?テオよくわかったな」         ◇  数日後、シンボルツリーの飾りつけは放課後行われた。  多くの生徒が大きなシンボルツリーの周りに集まり、各々好きなように手作りしたオーナメントを飾っていく。  少し離れたところでテオドールがスコットとフロレーラとオーナメントを飾りつけているのが見えた。  一緒に飾りつけることは無理でもヴェネットの作った羊のオーナメントをテオドールも飾ってくれていると思うと少し嬉しかった。  気づけば学園生活も残すところ3か月弱となっていた。当初、呪いの解けたヴェネットは卒業までの1年間に仲直りして友人としてテオドールと学生らしい思い出が作りたいと願っていた。だが現状、それはほとんど叶っていない。  だから今回手作りオーナメントを渡せたことは、思い出にするには小さすぎるけどそれでも嬉しかった。  背伸びしてツリーにオーナメントを取り付けていたフロレーラが不意にバランスを崩した。それを隣にいたテオドールがすかさず支えて助ける。  その様子を見ていたクラスメイトたちがふたりを「お似合いだ」とか「付き合っちゃいなよ」とか盛んに冷やかしているのがヴェネットの耳まで届く。  胸がツキンと痛む。  実際のところまだテオドールとフロレーラは付き合ってはいないみたいだが、最近2人の距離がさらに近づいたような気もする。本当に付き合うのも時間の問題かもしれない。 「ヴェネット届きそう?」  ツリーの前でぼーっとしていたヴェネットはハンナに声をかけられハッとする。 「あっ、そうだね。よいしょっっ…」  つま先立ちで一生懸命背伸びをして枝にオーナメントを取りつけようと試みたが、小柄なヴェネットはとても木の枝に届きそうになかった。 「台借りてきたら?」 「そうだね」  ヴェネットはキョロキョロと周囲を見渡す。  ヴェネットと同じような小柄な生徒が台や梯子を使ってツリーにオーナメントを取り付けていた。終わったら貸してもらおう。 「ヴェネット嬢、よかったらこの前みたいに持ち上げるけど」 「え…?い、いえ大丈夫よ」  オーランドが言っていることが、このまえの路地裏からヴェネットを運んでくれた横抱きのことだとわかったヴェネットが慌てて断る。  背の高いオーランドに横抱きにしてもらえばヴェネットでも木の枝には余裕で手が届く。  しかしたとえ恋人同士であってもこんな人の多い場所でやるもんじゃない。 「ふっ、冗談だよ」  赤くなってあたふたとするヴェネットにオーランドがにやりと笑った。 「もう!オーランド様、わかりづらい冗談はやめてください」  カタン 「ヴェネット嬢、この台を使ったらいい」  そこに、テオドールが台を持ってやってきた。 「あ、ありがとう」 「いや」  テオドールはヴェネットの前に台を置くとすぐに離れていく。  優しく親切なテオドールはきっとヴェネットじゃなくても同じように台を運んできただろう。それでもヴェネットのことを気遣ってくれたのだと思うとすごく嬉しかった。  台に乗ると、木の枝に自称ひつじのオーナメントをくくりつけた。 「ねえ、ヴェネット願い事は?」 「あ、そうだね」  ハンナに言われてヴェネットは手を顔の前で重ねて、目を閉じた。  自分で飾りつけたオーナメントを前に願い事をすると叶うというジンクスが主に女子生徒の間で流行っている。 (願うのは自由だから…)  どうかテオドールがヴェネットのことを許して、また…できたら婚約者に戻りたい――  フロレーラじゃなく、自分を選んでほしい――― (無謀な願いだな…)  目を開き、ヴェネットは小さく息を吐いた。  卒業まで数ヶ月、願いが叶う見込みはほとんどない。  台から下りようとしたときふと、離れた場所にいたテオドールと目が合った。  ドキリとしてヴェネットは台を踏み外してしまう。 「危ない!」  そばにいたオーランドがとっさにヴェネットを抱きとめた。  とっさのことであまりに驚いたヴェネットはぎゅうっとオーランドにしがみついてしまった。 「ヴェネット嬢、もう大丈夫だ」 「あっ、ごめんなさい」  オーランドがそのまま優しくヴェネットを下ろす。 「オーランド様、ありがとうございます。また助けられてしまいました」 「いや、気にするな」  オーランドはポンとヴェネットの頭に手を置いて言った。  ―――  ――――――― 「ヴェネット嬢」  シンボルツリーの飾りつけが終わったあと、テオドールに声をかけられた。  さっそく先ほどの願いが叶ったのかとちょっぴり期待したヴェネットだったが、すぐに現実はそう上手くいかないと思い知ることになる。
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