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シンボルツリーとオーナメント(2)
「ヴェネット嬢」
ツリーの飾りつけが終わり、教室に戻ろうとしたところでテオドールに声をかけられた。
さっそく先ほど願い事をした効果が出たのかと嬉しくなったヴェネットだったが、すぐに現実はそう上手くいかないと思い知る。
「君は…オーランドの恋人にでもなりたいのか?」
「えっ?ち、違うわ。どうしてそうなるの?彼には婚約者だっているんだし」
思ってもみないことをテオドールから言われ、ヴェネットは動揺する。
「……それなら距離が少し近すぎるんじゃないか?さっきのあれではまるで恋人のように思われてしまう。変な噂が立つ前に、気を付けた方がいい」
「さっきのあれって?」
「オーランドに抱きついていただろう。みんな見てた」
「ち、違うわ。誤解よ。あれは足を踏み外して助けてもらっただけで…」
「…だとしてもあんな風に抱きつく必要はあったのか?」
確かに台を踏み外したことにびっくりしてオーランドに強くしがみつきすぎたかもしれない。でも、テオドールだけには言われたくなかった。
「な、なによっ…テオ…ドール様だってフロレーラ様と距離が近いじゃない。つ、付き合っているように見えてしまうわ」
「そうか?……それなら気を付けよう。
…だが、彼女は婚約者候補として名前があがっている相手ではある」
「…えっ?」
(フロレーラ様がテオの婚約者候補?)
「テオドール様は彼女のことが…こ、婚約者にしたいほど好きなの?」
「君も知っての通り、貴族同士の婚約に恋愛感情は必要ない。それに僕の気持ちは君には関係ないだろ」
「か、関係あるわ!」
「なぜ?」
「そ、それは…元婚約者だったし…まだ婚約解消して一年も経ってないし…」
「それでももう過去のことだ。君も早く新しい婚約者を探した方がいいだろう。
……婚約者のいる相手をいつまでも想うのはやめた方がいい」
「…っ私は、そんな風にすぐ切り替えられないわ。テオドール様は私にそんなに早く新しい婚約者ができても何とも思わないの?」
「…ああ、そうだな。今度は君にとって良い婚約者が現れることを祈っている」
「っ…」
ヴェネットはショックで言葉を失う。頭が平衡感覚を失ったようにくらくらした。
話は終わったと去っていくテオドールの背中を呆然と見つめる。
ヴェネットはまだテオドールことがこんなに好きで諦められず、どうにかして関係を修復したいと思っているのに。テオドールの方はヴェネットに早く新しい婚約者ができることを望むほどに完全に吹っ切れているのだ。
テオドールにとってヴェネットの想いは迷惑でしかない。もう彼はヴェネットのことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだから。
(そりゃそうよね。嫌われて呪いが解けたんだもの…)
それでもテオドールがヴェネット以外の、新しい婚約者を選ぶことが嫌で嫌でたまらない。
でももう…きっと…なにもかも手遅れなんだ。
「ヴェネット、遅かったわね」
教室で待っていてくれたハンナがヴェネットの顔を見てぎょっとする。
「あなた、なんて顔なの!?鼻水すごい垂れてるわよ。令嬢にあるまじき顔よ…」
そう言いながらもハンナはハンカチを差し出してくれる。
悲しくてどうにもならなくて涙も鼻水も止まらない。
「ハンナ…もう駄目かもしれない。テオドール様に新しい婚約者を早く見つけた方が良いって言われた。もう無理そう…」
「ヴェネット……とりあえず鼻水を拭いてちょうだい」
そんなこんなで二学期が終わり、二週間ほどの休暇を挟んで、ヴェネットたちにとって学園最後の三学期が始まった。
あれからテオドールに話しかけることができずにいて、もちろん彼のことを諦めることもまだ難しくて。未練がましく遠くから彼を見つめるだけの日々をヴェネットは送っていた。
そうしている間にも日々は過ぎていき、あっという間に卒業が近づく。卒業式のあとは毎年恒例の卒業舞踏会がある。
卒業舞踏会は卒業生ならパートナーがいなくても参加できるが、一生に一度の卒業舞踏会のため卒業をひかえる女子生徒は今の時期、パートナー探しに奔走する者も多い。
「ヴェネットは卒業舞踏会どうするの?彼のこと誘ってみるの?」
休み時間にハンナがヴェネットに尋ねた。
ちなみにハンナは年上の婚約者と一緒に参加するらしい。
「きっと断られると思うし…いい、かな…」
歯切れの悪いヴェネットの気持ちを推し量るようにハンナはヴェネットの肩をポンと叩いて言った。
「最後だから後悔のないようにね。応援してるわ」
「うん…ありがとうハンナ」
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