卒業舞踏会

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卒業舞踏会

卒業舞踏会を1ヶ月後に控え、ヴェネットたち3年生の特に女子生徒は浮わついていた。  勇気を出して長年の片想いの相手を舞踏会に誘ってみたとか、密かにいいなって思っていた生徒からパートナーに誘われただとか。毎日学園の至るところで卒業舞踏会の話題を耳にする。  そんな中、ヴェネットと想い人テオドールとの距離は相変わらず開いたままで。  さすがにヴェネットも今さらテオドールとの関係を改善できるとは思っていなかった。  本音を言えばテオドールに卒業舞踏会のパートナーになってほしい。しかしこんな状態でパートナーになってほしいと言えるほどヴェネットは強心臓ではない。断られることは火を見るより明らかだった。  それでもせっかくの卒業舞踏会だから思い出に1曲でいいからテオドールと踊りたい。  人気のある生徒は早めにダンスを申し込んでおかないと当日は踊ってもらえないことも多いという。フロレーラが有力候補だとしても婚約者の決まってないテオドールは人気の男子生徒のひとりだった。 (お願いするなら早くしなきゃ…)  テオドールだってパートナーは無理でも1曲だったら義理で踊ってくれるかもしれない。  ヴェネットはテオドールがひとりになるタイミングを見計らって、勇気を出して声をかけた。 「テオドール様、少しいいかしら」 「…ああ」 「卒業舞踏会の日なんだけど、もしよかったら私とダンスを1曲踊ってほしいの」  ヴェネットの言葉を聞いたテオドールは微かに眉を寄せた。 「…………君はパートナーはもう決まったのか?」 「えっ?あっ…パートナーのことは…もう…いいの…」  婚約者に冷たい女として有名なヴェネットとパートナーになりたい男子生徒なんているはずがないし、ヴェネットはひとりで行くつもりだった。 「そうか……残念だけど、すでに何人かにダンスを頼まれてるから難しいかもしれない」 「あ、そうなんだ。じゃ、じゃあ当日時間があったらでいいの。お願い」 (ぐすぐすせずもっと早くお願いしとくんだった…) 「どうかな…わからない」  忙しいからとテオドールは行ってしまう。  ―――と、前方から歩いてきたフロレーラがテオドールを呼び止めた。 「あ、テオドール様。こ、この前の卒業舞踏会のパートナーの件なんだけどどうかな?」  やや緊張気味にフロレーラが尋ねている。  彼女の位置からヴェネットは見えていないようだった。 「ああ、返事が遅くなってすまなかった。いいよ。舞踏会一緒に行こう」 「えっ、本当!?嬉しい」 (……え…)  ヴェネットは呆然とそれを見ていた。  テオドールの返事を聞き、それはそれは嬉しそうに幸せそうに笑うフロレーラ。  なんてタイミングが悪いんだろう。どうして目の前で好きな人が他の女子生徒のパートナーを了承する瞬間を見なきゃならないの。  ヴェネットだって叶うのならテオドールのパートナーになりたかった。でもそれは無謀だと思ったからせめて1曲思い出に一緒に踊ってほしかったのだ。  どうしてフロレーラはパートナーになれるのに、大きいことは望まない、1曲でいいから踊ってほしいと願った自分は駄目なのだろう。  でも仕方がない。  それほど自分はテオドールに疎まれているということだ。  涙が出そうなのを堪えてヴェネットはその場をあとにした。           ◇  卒業舞踏会当日。  ヴェネットはひとり会場に入る。パートナーがいない生徒も一定数いるのでそんなに肩身が狭い思いはなかった。  ハンナと彼女の婚約者に挨拶をしていると、会場にテオドールも入ってきた。  髪を整え、正装したテオドールはいつも以上に格好よくてついつい見惚れてしまう。 (テオ、格好いい…)  その隣には綺麗に着飾って、嬉しそうに微笑むフロレーラの姿があった。  学園長による卒業舞踏会の開催スピーチが終わると、さっそく音楽が流れ始める。会場中央のダンスフロアに次々に生徒が集まり踊り始めた。テオドールもパートナーのフロレーラとファーストダンスを踊っている。  見ないようにと思ってもどうしても目が2人を追いかけてしまう。 「あの2人お似合いね」 「卒業したら婚約するんじゃない?」 「テオドール様も元婚約者には苦労されてたし、幸せになってほしいわね」 「………」 「ヴェネット嬢」 「あ、オーランド様」  振り返るとオーランドと婚約者らしい令嬢が立っていた。 「パートナーのジェシカだ」  いつもオーランドから婚約者の話は聞いていたが、こうして顔を合わせるのは初めてだった。オレンジブラウンの髪を綺麗にまとめあげて、上品で優しそうな印象の令嬢だ。 「初めましてジェシカ様。ヴェネットです」 「初めましてヴェネット様。オーランド様から貴女の話を聞いていてぜひお会いしたいと思っていました」 「それは嬉しいです」 「―――――」 「――」 「ジェシカ、そろそろ1曲踊らないか?」 「ええ、そうですわね。ヴェネット様、それでは失礼します」 「はい」  音楽が変わったタイミングでオーランドはジェシカを伴いダンスホールへと向かっていった。 (……あれ?)  ふとヴェネットは気がついた。オーランドが穏やかな笑みを浮かべ婚約者と話していたことを。  オーランドもヴェネットと同じ最愛の人に嫌われる呪いを受けている。オーランドの場合は最愛の婚約者の前では無表情で無愛想になってしまうはずだった。  でも今しがた、オーランドは婚約者とにこやかに会話をしていた。呪いにかかっているようには見えない。 (どういうこと?)  ひょっとして呪いが解けたのだろうか。でも呪いは嫌われることで解けるはずだ。彼の婚約者ジェシカはオーランドを嫌っている風にはとても見えない。 (もしかして想い合う2人の心が呪いに打ち勝った、とか?)  もしそうならこんなに素敵なことはない。  ヴェネットは互いに微笑みあいながら踊るオーランドとジェシカを見る。  呪いに打ち勝つほどの強い想い。羨ましいとヴェネットは思った。  それほどの強い想いがヴェネットとテオドールの間にもあったなら、オーランドたちのようになれたのだろうか。ヴェネットだってテオドールへの想いなら誰にも負けない自信はあるのに何が足りなかったのだろう――  ひょっとしてテオドールは婚約者の義務としてヴェネットに優しかっただけで、もとからそこまでヴェネットのことを好きではなかったのかもしれない。そう思い至って、ヴェネットはショックを受けた。 (もう考えるのはよそう…もしそうだったとしても、とにかく今日で最後なのだから…)  卒業したらテオドールと会う機会なんてきっとほとんどなくなってしまう。  ヴェネットは無理だったけど、呪いを乗り越えてオーランドたちにはぜひ幸せになってほしい。  その後、ヴェネットはテオドールがダンスに誘いに来てくれることを願ってひとり待っていた。
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