バルコニーにて

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バルコニーにて

「ヴェネット嬢…大丈夫か?」  急いで涙を拭って振り返ると、バルコニーの入り口にオーランドが立っていた。 「オーランド様…」 「…泣いてたのか?」 「あーへへ。願いが叶って、テオドール様とダンスできたんだけど、これで最後だと思うとなんか涙腺が緩んでしまって。オーランド様には最後までカッコ悪いとこばかり見られてますね」  オーランドはこの卒業舞踏会が終わったら隣国に帰国する予定だ。  彼にこれ以上心配かけないようにと笑顔をつくろうとしたが、たぶん失敗してひどい顔をしている気がする。 「ヴェネット嬢。無理して笑わなくていいから」  オーランドはそう言うとヴェネットを包み込むように抱き締めた。 「――え?……オ、オーランド様!?私は大丈夫です。それにこんなところをジェシカ様に見られたら要らぬ誤解をされてしまいます」 「帰ったんだ」 「へ?」 「ジェシカ…彼女とは婚約解消するんだ」 「――えっ!?何を言って?先ほど仲良くダンスを踊っていたではないですか?」  ヴェネットはオーランドが言っていることが理解できなかった。驚きすぎて涙も引っ込んだ。 「俺がこの国に留学して離れているうちに彼女には他に気になる相手ができたんだ。冬季休暇中にそれを打ち明けられて、彼女と話し合って婚約解消することにしたんだ」 「嘘…だって、さっきあんなに楽しそうに笑いあっていたじゃない。オーランド様だってジェシカ様に優しく微笑んでいて。だから私、2人の想いが呪いに打ち勝ったんだって、嬉しくなって」 「勘違いさせたならすまない。決して仲違いしたわけじゃない。今日の舞踏会だってまだ一応婚約者だからと彼女はパートナーを買って出てくれた」 「そんな…」 「ヴェネット嬢、聞いてくれ。彼女に気になる人ができたって聞いたとき、俺はほとんど動揺しなかった。なぜだと思う?  本当は自分だって薄々気がついていたんだ。でも気づかない振りをしていた。俺にも他に気になる人がいるんだってことを…」 「気になる人?」 「ああ。ヴェネット嬢、君だ」  オーランドは髪色よりも濃い紺の瞳でヴェネットを見つめて言った。 「え…?」 「最初はテオドールとの関係をなんとか改善しようと前向きに努力する君を見て、健気で、応援したいと思っていた。でも上手くいかなくて落ち込む君を見るたびに、だんだん俺だったら君をそんな風に悲しませることはしないのにって思うようになっていたんだ」 「オ、オーランド様…それはきっと同情です」 「同情?」 「私たちは同じ体験をしました。同じように呪いに苦しむ仲間として私のことを同情してくださってるだけでは?」 「確かにそういう思いも、無いと言ったら嘘になる。でもそれだけじゃない。  君がテオドールのことを好きで諦められないこともわかっている、でもそれでも俺は君が好きなんだ」 「どうして…」  オーランドが婚約者のジェシカに笑顔をむけることができたのは、彼女が彼の最愛ではなくなってしまったからだったのか。  でも今ヴェネットを真剣に見つめるオーランドは無表情とは言えない。だったらオーランドにとってヴェネットはまだ最愛とまではいかないのだろう。 「いつからかわからない。でも気がついたら気持ちが抑えきれなくなっていた。君がテオドールといて幸せなら黙っているつもりだった。でも…… ヴェネット嬢といると俺は心から笑える。楽しいんだ。こんな気持ちずっと忘れていた。できるのなら君にも俺の隣で笑っていてほしい。俺の最愛は間違いなく君だ」 「――えっ?」  ヴェネットの考えを読んだかのようにオーランドが答えた。 「でも呪いは?」 「わからない。俺の中の最愛がかわったことで呪いが解けたのかもしれないし、呪われた者同士なら呪いが効かないのかもしれない」  もし、それが正しければヴェネットだってテオドール以外を好きになれば、たとえばオーランドを好きになることができれば呪いから解放されるのだろうか。 (いや、そんなこと無理だ…)  ヴェネットは自分の考えを打ち消すように頭を振った。  テオドール以外を好きになんてきっとなれない。 「ヴェネット嬢、君が彼を忘れられないのならそれでも構わない」 「えっ…」 「一緒に俺の国に来ないか?同じ経験をした俺たちなら理解しあえることもきっと多いと思う。き、君がいつでも笑ってられるように、幸せだと思えるように努力するから」  そう口にしたオーランドの顔は薄暗がりでもわかるくらい真っ赤で、彼の言葉がすべて本心なのだということが伝わってきて、ヴェネットは目が離せなかった。
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