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友人の話
「よお、テオ」
「スコット急にどうした?」
卒業舞踏会から数週間後、スコットがテオドールの住む屋敷を訪ねてきた。
「聞いたぞ。侯爵家の、フロレーラ嬢との縁談、断ったんだって?」
「ああ」
「……よかったのか?彼女の家柄も申し分ないし、卒業舞踏会だってお前、パートナー引き受けてただろ?俺はてっきり彼女との婚約に前向きなのかと思ったぞ」
「フロレーラ嬢には、思わせぶりなことをしてしまって悪かったと思ってる。本人にも直接謝った…」
「ふーん、そっか…まあ…お前にはすぐに新しい縁談来るんだろうし…」
「いや…婚約や結婚のことは自分の仕事に慣れて落ち着いてからにしたいと父に話したんだ。僕は次男だし家を継ぐわけでもないから」
来月からテオドールは文官見習いとして国立機関で働き始める。しばらくは仕事に専念するつもりだ。
「そうだったのか…………なあ、テオ」
「なんだ?」
スコットは躊躇いがちに言った。
「お前…ヴェネット嬢のことは、もう本当にいいのか?」
「…い、いいも何も。彼女とはすでに婚約解消している。僕と彼女はもう何の関係もない」
急に彼女の名前が出て、動揺してしまった自分をテオドールは押し隠す。
卒業舞踏会の日、テオドールはバルコニーでヴェネットがオーランドに抱き締められているところを見てしまった。
2人がその後どうしたのか、すぐその場を離れたテオドールにはわからなかった。
今のところ彼女が彼と婚約するとかそういう話は聞かない。
「ふーん、そっか…それなら、俺がヴェネット 嬢のところに婚約の申し込みをしても構わないってことだな」
「―は?どうして、お前が?」
「最初はずっとお前に冷たかった彼女が、急に改心したようになって、なにか魂胆でもあるんだろうって俺も疑っていたんだ。でもこの1年、彼女はずっとお前に対して普通に接してただろ?それを見てたら、ちょっと可愛いかなって思えてきたんだ。お前がなんとも思ってないんだったらいいだろ」
「っ駄目だ!!」
思うよりも先に言葉が出て、動揺したテオドールは手で口元をおさえた。慌てて言い繕う言葉を探す。
「い、いや違うんだ―」
「すまん、テオ。今のは冗談だ」
「――は?」
「…さっきのお前の顔、すごく怖かったぞ。鏡で見せてやりたいくらいだった。
…テオ、少しでも迷ってるなら会いに行ったほうがいい」
スコットはじっとテオドールの目を見て、言い聞かせるように言った。
「い、今さら会ったところで話すことなんか…」
何か見透かすようなスコットの視線から逃れるように、テオドールは目を逸らした。
天気のいい晴れた空を、一羽の黒い鳥が飛んでいった。
「…テオ、お前に聞いてもらいたい話があるんだ」
◇
スコットの話を聞いたあと、テオドールはヴェネットの住む屋敷へと急いで向かっていた。
どうしてもヴェネットに確認したいことができたからだ。
「おお、テオドール君。久しぶりだな、今日はどうした?」
ヴェネットの父親、デール子爵が彼を出迎えた。連絡もなく突然やってきたテオドールに驚いているようだった。
「子爵お久しぶりです。突然申し訳ありません。今日はヴェネット嬢に話したいことがあって参りました」
「ヴェネットに?ヴェネットなら今朝、隣国へ出発したぞ。聞いてなかったのか?」
「り、隣国?まさかオーランドと…隣国の貴族令息と婚約されるんですか?」
焦ったように尋ねるテオドールの様子に少し首を傾げつつデール子爵は話す。
「い、いやまだそんな予定はないが…
私としては隣国で結婚相手を見つけてくるのもいいと思ってるんだ。テオドール君にはいろいろと迷惑をかけて、すまないと思ってる。だがヴェネットは私にとってただただ可愛い娘だ。君に言うことではないが、国内ではなかなか新しい相手が見つからなくてな…」
「………追いかけます」
「……えっ?」
「子爵。失礼します」
「えっ?テオドール君??」
子爵邸をあとにしたテオドールは隣国へと続く道を馬で駆ける。
道すがら、思い返していたのはスコットの話だ。
――――――
――
『テオ、お前に聞いてもらいたい話があるんだ』
スコットの話は昨年亡くなった彼の祖母の話だった。
スコットの母方の祖母は、唯一の孫であるスコットを幼い頃から可愛がっていて、スコットもそんな祖母によく懐き、小さい頃はたびたび彼女のところへ遊びに出かけていた。
そんな祖母が病のためもう長くないと聞かされたスコットは慌てて祖母のもとを訪れた。昨年のことだ。
「スコットかい?よく来てくれたね」
記憶の中の祖母よりも弱々しく痩せてしまった姿にスコットは心を痛めた。学園に入学してから、今まで祖母に会いに行かなかったことを後悔した。
鎮痛薬の影響でぼんやりとしてる時間の多い祖母と、思い出の詰まった祖母の屋敷の庭をただ2人静かに眺めていた時だった。
「スコット、私の昔話を聞いてくれるかい?」
祖母の話は、魔女に会って命を救われ、代償として呪いを受けたという荒唐無稽な昔話だった。
若い頃、流行り病で危篤になった祖母は病床で魔女に会った。
魔女は祖母に、自分はお前の命を助ける力があるが、そのためには代償が必要だと語った。
その代償は“最愛の人に嫌われる”という呪いだった。
「クラーラ。どうして僕と話してくれないんだ?」
若い時の祖母クラーラには大好きな婚約者がいた。魔女に命を助けてもらい、代償として呪いを受け入れたクラーラは最愛の婚約者の前では一言も話せなくなった。
最初は何か理由があるはずだと心配してくれた婚約者も、だんだんクラーラが自分の前でだけ話さないことに失望し、遂に婚約解消となった。
視線を庭の草花に向けたまま、少し悲しげに祖母は続けた。
「婚約者に嫌われて、呪いはようやく解けたのだけど、もう何もかも遅かったわ。すでに婚約者の心は別の女性のところにあったから」
「おばあ様は自分の選択を後悔してるの?」
「いいえ。今はもうただの思い出よ。あの後私はあなたのお祖父様と出会って結婚して、そして可愛い孫もできて。幸せだったわ。
…でもずっと誰かに聞いてほしかった。呪いは解けたけど何かの制約なのか、この話は誰にも話すことができなかったから。だから人生の最後に、話すことができてよかった。心残りがなくなったわ。ありがとう、スコット」
目を細めて泣き出しそうに笑った祖母は、そう言うと、またぼんやりとした表情に戻って庭を眺めはじめた。そのあとはスコットが話しかけても、曖昧な反応ばかりだった。
スコットの話をテオドールは最後まで黙って聞いていた。
「スコットはその話、信じてるのか?」
「…わからない。俺も祖母の話は、母にも家族にも話してない。とても信じられないだろ?でも、なんでかお前には話した方がいい気がしたんだ」
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