謝罪

1/1
前へ
/26ページ
次へ

謝罪

「ねえ、あなたどういうつもりなの?」 「え?」  振り向くと同じクラスの女生徒ハンナが立っていた。ストレートの美しい黒髪が特徴的な令嬢だ。  学園に入学して以来ずっと婚約者に冷たい態度をとるヴェネットは評判が悪く、いつも遠巻きにされていた。そのため話しかけられること自体少なかった。 「テオドール様とは婚約解消したんでしょ?それなのに付きまとわれて、テオドール様も迷惑されてると思うわ」 「…そうですわね」 「は?開き直ってるの?身勝手にもほどがあるわね。そもそもテオドール様に謝罪はなさったの?あなたずっと彼に冷たい態度をとっていたでしょ。反省してないの?」 (謝罪――?) 「――そうよ!!あなたの言う通りだわ。ありがとうハンナ様!さっそく謝ってくるわ」  ヴェネットは感謝の気持ちをこめてハンナの両手をぎゅっと握った。予想外のヴェネットの行動にハンナは驚いて固まっていた。  ヴェネットは校舎の中、急いでテオドールを探す。  呪いが解けて、素の自分で彼と話せることに浮かれていて一番大事なことができていなかった。  タイミングよくひとりでいたテオドールに急いで駆け寄る。 「テオドール様、少しだけ話を聞いてほしいんだけど…」 「な、何だ?」  走ってきたヴェネットにテオドールは目を丸くした。 「あの…今までずっと冷たい態度をとってあなたを傷つけてしまったこと謝りたくて。本当にごめんなさい」  ヴェネットは頭を深く下げた。 「……どうして…君は今さらそんなに態度を変えたんだ?婚約解消が原因なのか?」 「えっと、実は魔―――――――」 「?」 「あ…反省したの。婚約解消になって私が今までどれだけあなたに酷い態度をとっていたのかやっと思い知って」  テオドールはヴェネットの話を聞き、大きくため息を吐いた。 「今さら謝られても、どうすることもできない。こちらは困るだけだ。悪いと思っているなら頼むから必要以上に関わってこないでほしい」 「……はい」  話は終わったとばかりにテオドールは背を向け離れていった。 (しかたがない…)  呪いのせいだとはいえ、5年もの間テオドールにずっと冷たい態度をとり続けていたんだから。謝ったところですんなり許してもらえるわけがない。  そしてどうやら呪いが解けた後も“魔女のきまぐれ”について人に話すことはできないようだ。先ほどヴェネットがテオドールに魔女の呪いについて話そうとしたら強制的に言葉が出てこなくなった。呪いは解けても魔女の力で制限がかかっているのだろう。なんて厄介な力だ。  帰ろうと身体を反転させると、壁からこっそりとこちらの様子をうかがっていたハンナと目が合った。 「あ、ハンナ様。先ほどはありがとうございました。…それで嫌われてる相手と仲良くなるのはどうしたらいいと思います?」 「……あなた懲りないのね」  ◇  数日後――。  校庭で友人たちと何やら楽しそうに会話している元婚約者テオドール。陽射しが当たり色素の薄い茶色の髪はキラキラ輝いて見えるし、ヘーゼルの瞳だって光の加減で色がかわって近くで見るほど綺麗だろう。  明るく親切な彼はいつも友人に囲まれている。  ヴェネットは今日も2階の教室の窓からその様子をこっそり見ていた。 「また見てるの?」 「あはは…」  同級生の令嬢ハンナが呆れたようにヴェネットに声をかける。  あれからハンナとはちょくちょく会話をする間柄になった。思ったことをわりとはっきり言ってくれる彼女とは気を使わずに話すことができた。  彼女は学園に入学してすぐのころ、困っていたところをテオドールに助けてもらったことがあり、一方的に恩を感じていたらしい。そのため婚約者でありながらテオドールに冷たく接するヴェネットを前々から腹立たしく思っていたとうち明けられた。 「そんなに見つめるほどテオドール様のことを想っていたのならどうして今まで冷たい態度をとっていたの?」 「それは魔――………思春期をこじらせていたのよ。本心ではなかったわ」  魔女のことを話せないので、ヴェネットは仕方なくそれらしい理由をでっち上げる。 「それは…厄介だったわね…」  ハンナが残念なものを見るような目でこちらを見ている。  ヴェネットはそれを気にせず再び窓の外、テオドールに視線を戻す。  いつの間にか女生徒が2人、彼に話しかけていた。テオドールは背も高く、見た目もかっこいい。それにヴェネットと婚約解消したことも広まっていて、最近何かと女生徒に話しかけられることが増えた。  まだ婚約者など決まった相手がいない貴族令息令嬢にとって学園はその相手を探すのに適した場所のひとつだった。  婚約解消したばかりでまだ特定の仲が良い相手はいないようだが、テオドールだってこれから婚約者候補になるような相手も出来るかもしれない。 (嫌だな…)  テオドールに新しい婚約者ができるなんて。 (テオが昆虫おたくだって噂を流そうかしら。屋敷で何匹も飼っているとか。事実無根だけど。そしたら虫嫌いの令嬢は離れて行くかもしれないわね)  でもそんなことしたところで、結局はヴェネットはテオドールに嫌われたままだ。  学園を卒業するまで1年弱、きっと卒業したらテオドールと顔を合わせることさえ難しくなる。だから学園にいる間に、せめて友人のように仲良く話せる関係になりたい。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加