冷たい指先

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「それより、日曜日は厨房の方頼むな」 「あ、はい。大丈夫です」 (まさ)さんから念を押されて、俺は我に返る。 店頭イベントは俺が考えていたよりも大がかりなもので、都内のいくつかの店舗で同時に行われる人気投票のスタイルだった。 当然、店の顔である雅さんが出迎え、訪れた人にアピールするのが一番効果的だ。 やっぱ 休むなんて無理だよな 今年に限ってこんなことになるなんて。 彩月だって今まで我慢してきたのに、何で… 頭の片隅を後ろめたさがよぎった。 雅さんが以前勤めていたパリの店で、研修生を募集しているとの話が持ち上がったのは、年末のことだった。俺に白羽の矢が立てられ、3年の研修期間のあとは、希望すれば向こうで就職も可能だという。 次男坊で元々家を継ぐ予定はない。フランス語は大学の一般教養で履修した程度だが、この店にもフランスの人たちが時折やって来るから、日常会話くらいなら何とかなる。 『いいよな。おまえは暢気(のんき)で』 雅さんによく羨ましがられる。 『雅さんだって向こうで(はく)付けて、こっちで成功してるじゃないですか。自分の店を構えるなんて憧れますよ』 『まあな。維持するのは大変だけど』 パリ行きの話は、俺としては願ってもないチャンスだったが、彩月との将来を考えるとまだ決断できないでいた。 もちろん、彼女にもまだ話していない。 その矢先の喧嘩別れだった。 あいつは俺より仕事を選びそうだし 俺に合わせるなんて  …ないだろうな 小さなモヤモヤはずっと引っ掛かっている。魚の小骨がに挟まってるような、何とも中途半端な気分だ。 彩月は女の勘てヤツで何か感じたんだろうか。 このまま終わりなんて あるのかな いつになく弱気になるのは、あの時に彩月が見せた涙のせいだ。だけど、俺だって彼女のこと考えてるのに、何もわかってないなんて言われたくない。
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