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ほろ酔い加減でお開きとなり、俺は駅に向かった。
雪の予報が出ていたが、酒が入っているせいか寒さは感じなかった。ジャンパーのファスナーを全開にして、熱を持つ頬が夜の空気で冷やされて心地いいくらいだ。
彩月 何してんのかな
まだ0時前で、15日になるまで時間はある。
俺はポケットに突っ込んだ小さな箱を取り出した。
今日の特別メニューの失敗作を、雅さんに頼んで分けてもらった。彼女との喧嘩に気を取られて、いつもより手元が狂ってしまったようで、味は変わらないが見映えが悪い。
『おまえ、わざとじゃないだろうな』
雅さんが苦笑いしながら、不格好なチョコを箱に詰めてくれた。外国ではバレンタインに、男性の方から贈り物をすることが多いといわれている。
彩月がそう言ってねだるから、自分の仕事のこともあって俺は彼女に毎年チョコレートを渡していた。
『あたしが作ったのなんかいるの?』
『もちろん。食いたいよ』
お世辞にも料理が得意とは言えないけど、彩月のチョコはいつも楽しみだった。高級感なんてゼロでも、俺のためだけに作ってくれることが何より嬉しかった。
閉店間際の花屋の店先で、小さなブーケが寒そうに風に吹かれて震えていた。赤いバラと白のカスミソウは、今日を意識した取り合わせだ。
恋人に放置された自分みたいで、思わず買ってしまった。
家まで行ってみるか
ふと思いついて、俺は反対側のホームへ向かった。
彼女の家はここからそう遠くないが、行っても会ってくれないかもしれない。
でも、いいや。
ダメなら玄関先に置いてくればいい。
とにかく、今の俺の気持ちを伝えたい。
歩き慣れた夜道をゆっくり進んでいく。
微かに冷たいものが頬に当たり、見上げると雪がちらついていた。白い息が夜目にもはっきり見える。
俺は身震いして少し足を早めた。
三階の角部屋に着くと、チャイムを鳴らした。返事はない。明かりも点いてないようだが、寝るにはまだ早い時間だし、留守なのだろうか。
一日の疲れと酔いが回ってきた。
少し休憩するつもりで玄関ドアの前に座り込み、寄りかかった。
「ケツが冷えるな…」
それでも眠気には勝てず、ジャンパーのファスナーを上げ、マフラーに顔を埋めて俺は目を閉じた。
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