鮮血に染まる雪が僕に真実を告げる

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****** 「私を殺してくれない?」 ウェーブのかかった黒いショートヘアに、季節はじめの雪が飾りのように張り付いていた。後ろから「ねぇ」と声を掛けられ、振り返った矢先の二言目。 ここがどんな場所かは心得ており、誰かに会うかもしれないという淡い予測はあった。同じ目的を持つ者か、止めに来た者か。おそらくは前者なのだろうが、言葉の意味を咀嚼しきれず僕の頭は混乱した。 何も言えず呆けたまま立っていると、彼女はスタスタと僕の横まで歩み寄りその先にある崖の下を覗き込んだ。ゴツゴツとした岩が並び、ちらつく雪に混じって白い荒波が次々に僕らに向かって手を伸ばしてくる。 彼女は腕を組み、ウーンと唸ったかと思うと、 「ここは違うな。やっぱりナシで。」 くるりと踵を返して戻っていった。 途中、ふと気づいたように振り返って僕を見た。 「あなたも戻ったら?雪、まだ積もってないけど滑って転落なんてのはつまんないでしょ?」 彼女はユキネと名乗った。 年は20代前半から半ばといったところ。僕と同じくらいか、やや上のようにも見えた。海に沿って険しく切り立った崖にーーーーー自殺名所に一人やってきた目的は同じだったが、僕と違ってユキネには美学があった。 「私ね。死の瞬間をなるべく長く留めていたいの。あれじゃすぐに海に飲まれてグチャグチャになっちゃう。なかなかいい場所が見つからないのよね。」 レストランの感想を述べるかのように軽やかなトーンだった。肩に積もった雪を払いながら、笑みを浮かべて、生き生きとして死を語る矛盾。 「あなたはどうなの?ここじゃないって感じに見えたけど。」 「ここ、というより・・・今じゃないように思えて。足を運んでおいてなんだけど。」 「正解よ。本気だったら躊躇なんてしないんだから。少しでも違うって思うんなら、やっぱり違うのよ。美しくないもの。」 「美しい?」 「そう。ラストシーンなんだから、うんと美しくなきゃ。」 ふむ、と相づちを打ちながら、その美学とあのセリフはどう関わるのだろうかと考えた。そんな僕の思考を察したかのように、彼女は言葉を続けた。 「でね。その瞬間を目に焼き付けてもらいたいの。単に死体を見てもらいたいって意味じゃないのよ。もっともっと前から準備は必要。死に向かうストーリーがあってこそラストシーンに美しさが宿るの。長いストーリーの果てに命を奪ってもらい、その当事者に見届けてもらいたい。」 「つまり、殺してもらいたいと。」 彼女はニコリと笑って、 「目に焼き付けるのとセットでね。」 白い吐息が雪をひらりと舞わせた。
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