鮮血に染まる雪が僕に真実を告げる

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その日は予報通りに晴天だった。 まるで二人だけ純白の別世界に迷い込んだかのように、まっさらな新雪に二人の足跡が連なっていく。 冬も終わりに差し掛かる頃だったが、想定通り山には十分に雪が積もっていた。彼女は雪山の経験もあり「こんなことなら捨てなきゃよかった」と言いつつ二人分の装備を買い揃えてくれて、行軍には不自由しなかった。 本来は届け出をせねばならないが、当然そのようなことはしない。他人の知らぬ道を行く。遭難してつまらない死に方だけは避けようと地図やGPSを駆使して慎重に進んでいった。 万全を期すため、日も暮れる頃に早めでテントに籠って一泊する。 翌日森を抜ければ目的の場所に着く見込みだ。 厚手の帽子から彼女のウェーブ気味の黒髪がのぞく。 「いよいよだね。準備はできてる?」 僕は目を瞑り、内なる意識を確認した。 うん。問題ない。 「僕は大丈夫だよ。」 静寂を崩さぬよう二人息を潜め、最後の夜は厳かに過ぎていった。 早朝から森に入り、ピッケルで木々にかぶさる重い雪と格闘しながら進む。 おそらくは山を汚そうとする人間への試練なのだろうが、僕らもここまできて諦めるわけにはいかない。美しさは苦難を越えた先にあるのだ。 何十本目かの木の枝を振り払った時、急に目の前が真っ白に輝いた。 「わぁ」とユキネが高い声をあげる。 山に穴が開いたかようにぽっかりと広がる純白。 想像していた以上の輝きに僕たちはしばし目を奪われた。 「ここが例の池か。」 「沼かもしれないけどね。でも雪でこんな綺麗に。」 天候にも恵まれて、こんな素敵な舞台まで用意されていて。 僕たちの死のストーリーは祝福に満ちている。 「真ん中までいくのは時間かかりそうだね。」 「少し進んだくらいでいいよ。」 念のため足場を確かめながら雪をかき分け、 「このあたりにしよう。」 良い所で陣取った。ピッケルを振って畳二畳分ほどの小さな平地を作る。 そのすぐ後ろの新雪は触れぬよう慎重に雪を整えた。 よし、と小さく呟いてピッケルを置いた。 二人目を合わせて頷き、僕は言った。 「ユキネを殺すね。」
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