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僕の脳は彼女の死に至るストーリーを再生する装置となった。
肉体を保持するための最低限の活動だけを行う日々。味のない食事と排泄を繰り返し、下手な病に侵されぬよう軽く運動し、睡眠をとる。
それ以外はただひたすら脳内に映像を流し続け、その記憶に問題がないことを確認するのだった。出会い、語らし、愛し合い、雪を鮮血に染めるまでの日々を克明に。何度でも何度でも。
違和感を感じたのは半年以上は経った頃だった。
その時になって初めて経過した日数を認識し、時の流れというのを否応にも思い知らされた。
たとえばそれは、彼女の髪に飾りのように張り付いていた雪の数。
たとえばそれは、二人の死の願いを語らっていた時の言葉の切れ端。
たとえばそれは、彼女の鳩尾から滲み広がる血の形。
ほんの少しだけ、欠けているのだ。
程なくして僕は、二人のプランに致命的な欠陥があったことに気づいた。
人の細胞は新陳代謝する。たとえ脳細胞がシナプスを通じて次の細胞に記憶を受け渡しても、代謝能力には限度がある。人間の身体は徐々に、確実に、老いていく。
僕は首を振って雑念を振り洗おうとした。
それは自明だ。わかってる。一人の人間をただ生かすだけならば十分に貯蓄がある。その期間だけで良いのだ。できるだけ長く留めるだけで・・・
だが僕は湧き上がる衝動を抑えきれなかった。
僅かでも欠けてしまうことが許せない。
刻まれた彼女の姿がくすんでしまうことに耐えられない。
この美しいストーリーを腐らせるわけにはいかない。
僕が記憶の欠落をここまで恐れることになるとは、二人は想定できていなかった。
それからの日々、脳に良いとされるありとあらゆるサプリメントを試した。
映像再生の合間に脳のトレーニングを試した。しかし、再生を繰り返すたびにどこか思い出せない箇所があることに気づいてしまう。
僕は自らの存在意義を失う恐怖に襲われた。役目を果たせぬ安物の装置を呪いながら、それでも残る部分を必死に守るべく記憶をたどる。
映像再生する以外は無であったはずの僕に、意思が芽生える。
必要なのは時間的に長く留めることではない。
限りなく鮮度の高い状態が続くよう、留めなければならない。
そんな使命感に駆られたある日、テレビでアナウンサーがどこかの街で初雪を観測したと伝えていた。世間の情報には興味はなく、脳に何か良い刺激を与えることを期待して流していたテレビだったがーーーーー
雪。
血。
死。
頭のてっぺんから足先まで稲妻が走る様な閃き。
とても簡単なことじゃないか。死ねばよいのだ。まだ鮮度があるうちに無駄な生命活動を終わらせて、新陳代謝を止めるのだ。
さすれば老いない。記憶を保った細胞がこれ以上減らない。
僕はすぐにあの山の気候を調べ、すでに雪が積もっていることを確認した。
帰ってからずっと放置されていた雪山装備の埃を払う。
果てるなら、彼女の側で。
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