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雪に埋もれて身体を支えていたブーツは負荷に耐えきれなくなり、僕はガクンと前に倒れ込んだ。衝撃とともに雪の感触を体いっぱいに感じると、それきり視界は暗く閉ざされた。
(ごめんね)
微かに残る意識に、またユキネの声が聞こえてきた。
再生された思い出の中のものと同じ声。
(ごめんね。あなたを)
奥に潜んでいたユキネの意識が浮かび上がり、僕に謝罪する。
(ごめんね。あなたを二度も殺すことになるなんて)
僕らが愛し合うようになった頃から、二人は役割をーーー自我を入れ替えた。
はじめは意識的に演じ、やがて隙を生じさせぬほど没頭し、服装も髪型も、話し方もすべてなり切って、お互い自らを言い聞かせた。
だから「僕」がいつユキネの内に宿るようになったのか、明確な瞬間は無い。
(私はいつ頃からか意識を閉ざし、あなたに身体を譲った)
それはきっと、死んだ「ユキネとなった彼」も同じだろう。
(彼は完璧に、私であるかのように振る舞ってくれた)
僕は死に意味を見出したかった。
(彼は意味のある死を願った。生きる意味ではなく、死を望んだ)
彼女は死の瞬間を長く留めたいと願った。
(私は誰かに、私の死の瞬間を目に焼き付けて、覚えていて欲しいと願った)
二人の願いを同時に叶えるアイデアを考えた。
(私の願いが叶うと、殺した者に生存を強いることになる。これでは彼の死の願いが叶わないから)
それが、自我の入れ替え。
(私が彼になり、彼が私になる)
僕を宿した彼女が「ユキネとなった彼」をーーー僕だった者を殺す。
(彼は「ユキネとなって死ぬ」という意味を見出した)
僕はユキネの死の瞬間を留めるため、残された。
(私に芽生えた新たな自我は、見届けた「ユキネの死」を記憶に留めた)
僕は(私は)
出会いから死までの記憶を(出会う前の彼の記憶は持ってないから)
その思い出を再生するためだけに(それ以外の記憶は追い出して)
生まれたのだった(あなたになった)
そして今(ごめんね)
死ぬことになった(また死なせてしまった)
奈落に沈みゆく意識、生と死の狭間に思う。
これは失敗なのだろうか。
ユキネの死を演出するために死んだ彼は、死の意味を見出して願いが叶ったと言えよう。
ではユキネはどうか。
人体機能の限界から完全なる記憶の保存は成らず、新たに宿った者とともに死に至った。死を長く留めるというユキネの願いは、歪んだ願望は、妄執の果てに叶ったと言えるのだろうか。
誰かの声が聞こえる。
ーーーーーーーー成功だよ
さきほど聞いたのと同じ、包み込むような甘い声。
ーーーーーーーー二人の思い出は、この雪がきっと留めてくれる
囁いたのは、彼女の残り香たる魂か、仮初の自我か。
それとも雪の結晶たちか。
ー了ー
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