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真っ赤な鮮血が雪を染めるーーーー
人里離れた山の奥深く。草木が支配する森を抜けると不意に視界が一変した。
輝く雪が一面に敷き詰められており、太陽を反射する光が辺りを幻想的に照らしている。
その下には池、あるいは沼と言ってよいものがあるはずだが、まるで初めから存在しないかのように分厚い雪がすべてを覆い隠していた。
僕は懐かしさを感じながら、ザク、ザク、と凍れる地に踏み入った。
このあたりだろう。
新雪にささやかな足跡をつけたところで、僕は雪山用の重装備を置いた。ズンと音をたてて荷物が雪に埋もれてゆく。目印などなかったが、連日の強行で感覚が研ぎ澄まされたせいか、間違いないと確信できた。
ゴーグル、帽子、グローブを脱ぎ捨てて、ウエアの内側のポケットから必要なものを取り出すと、そのままウエアとインナーをあわせて上半身に纏うものを一気に脱ぎ捨てた。もはや僕には必要のないものだ。
ついさっき取り出したばかりのナイフの柄が、冷たさに乗じて素肌にぴたりと吸い付いている。握る位置を調整し、そのまま張り付いても問題ない状態になったことを確認した。もはや寒さなどは感じないが、この期に及んで妙なしくじりは避けたい。
(ごめんね・・)
頭の片隅から彼女の声が聞こえてきた。
想い出の中にある彼女と同じ声。
(ごめんね。あなたを・・)
再び聞こえた声に、僕は静かに首を横に振って、
「当然の成り行きさ。」
眩しく乱反射する雪の輝きに目を細めた。
雪の世界はかくも美しい。
太陽と雪の煌めきのなか、僕は喉元にナイフを突き立てた。
真っ赤な鮮血がしぶきとなって雪に色彩を与えてゆく。
痛いと感じるよりも、身体が痛いと感じているな、という他人事のような感覚が先行した。ゆっくりと身体から力抜けていくのがわかる。確実に生命が終わりに向かっていることを理解する。雪に埋もれた両足が支えとなり、しばし直立したまま目の前の景色を眺めた。
純白の雪、真紅の血。
この景色はあの時と同じ。あの日の景色が蘇る。
彼女と過ごした時間が走馬灯のように駆け巡り、彼女との最後の思い出に帰結する。雪を纏う彼女の姿とともに再生される。
僕が彼女を死に至らしめるまでの記憶が。
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