グッバイ、親愛なる愚か者。

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「あなたは少し、自分ひとりで考えすぎじゃないかしら。」 いつだったか、医務室の先生に言われた。人の心は僕が考えるほど複雑ではなく、もっと簡単で単純で分かりやすいものだと。けれどもやっぱり、僕には人の心は分からない。  彼は教室の中で、いつの間にかなくてはならない存在になっていた。誰もが彼に依存していたように見えた。それはもう不気味なほど。  人身御供のようだった。クラスメイトたちが彼に抱いていた気持ちは好意ではなく崇拝。といっても彼のためになんでもしてあげよう、なんて優しいものではない。彼の意見は全て議論の余地すらなく満場一致で可決され、困ったことがあれば彼に相談すればなんでも解決。だって彼がそう言ったのだから。彼がいれば何の心配もいらない。そう、彼さえいれば。最低な崇拝だ。  彼は実際それに応えていた。彼が好意と崇拝の違いを認識していたかは知らないけれど、彼はクラスメイトたちの期待を裏切らなかった。孤独を恐れていた彼にとっては、好意でも崇拝でもなんでもよかったのかもしれない。そばにいて腫れ物扱いしないでくれるなら、なんでも。  はたから見ると気味の悪い共依存のような関係は、彼が死んだ今でも続いている。クラスメイトたちは亡き彼の面影に縋りつき、彼がいないのだからどうしようもないのは仕方がないことだと無責任に嘆いている。  きっと、不安なのだろう。生徒の九割が親元を離れて学生寮で暮らすこの場所では、頼れる大人は遠い存在だ。ルームメイトと仲良くなれなければ学生生活は半分以上が孤独に変わる。勉強は難しいし、新しい居場所は落ち着かない。故郷は遠く、自分を深く知るものは誰もいない。会話の全てが初めましてから始まるようなこの場所で不安を抱えてなお前を向き続けられるほど僕たちは大人じゃない。えも言えぬ不安を、どこかにぶつけたくなるのだろう。間違いなく自分を裏切らないような、何があっても自分を助けてくれるような、そんな存在を探している。  そんな不安定な大人未満たちにとって、彼はちょうどよかったのだろう。もしかしたら彼も同じ不安を抱える仲間だったのかもしれないのに。
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