グッバイ、親愛なる愚か者。

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 彼女が実の祖母でないことはずっと前から気づいていた。というか彼女自身、僕と血が繋がっていると思わせる気もなかったように思う。だって実の祖母なら孫に向かって敬語なんて使わないし、坊ちゃん、なんて言いかたもしない。  それでも僕が彼女をお祖母様と呼んでいたのは、おばあさまが僕を実の子どものように育ててくれたからだ。おばあさまが僕を愛してくれていたのは、さすがに当時の僕でも分かった。だから僕は、おばあさまをおばあさまと呼んでいたのだ。  最期まで理解することはできなかったけど、それでも僕はおばあさまのことが大好きだった。  僕は人と関わるのに向いてない。相手が何を考えているか分からなくて、それが気持ち悪くて、酷い態度をとってしまうから。  気づいたのは学校へ通うよりももっとずっと前のこと。近所に住んでいた歳の近い子どもたちに一生に遊ぼうと誘われて、吐いた。目の前にいる同じ歳の子どもが、ひとつ年上の子どもが分からない。何をしているのか、何を考えているのか、何を言っているのか、何ひとつとして分からなかった。  そのとき僕は人生で初めて、恐怖という感情を体験した。  彼らと遊んだのは後にも先にもその一度だけ。今となっては顔も名前も思い出せない。  学校へ通うようになって、僕の人嫌いは悪化した。  隣の人と協力して。仲の良い人たちでチームを作って。先生の指定した班で行動して。そんなの、何の意味があるんだ。何を考えているか分からない恐怖の対象とどうやったら協力なんてできるんだ。  先生はひとりでいようとする僕に何度も言った。今は皆んなお友だちだから簡単だけど、大人になったらこれと同じことをお友だちじゃない人たちとしなくちゃいけないんだよ。だから簡単な今のうちに練習して慣れておこう。  それは励ましの顔をした絶望の宣告だった。今すでに誰とも関われず、これを簡単なものなんかじゃなく苦行だと思っている僕には、これ以上酷い環境でやっていけるとは到底思えなかった。  おばあさまはきっと、僕が絶望することを予見していたのだろう。だからあんな約束をした。 「あなたは私よりも長生きすると約束して。」 おばあさまの言葉は、おばあさまの思惑通り僕の心に強い楔をかけた。だから僕は今まで生きた。  けれど、おばあさまはもういない。僕は、少なくともおばあさまより先に死ぬことはしなかったよ。ちゃんとここまで頑張って生きたよ。  ねえ、おばあさま。もういいよね?  どうせ僕が大人になったってろくな生きかたはできない。それにここで死のうが六十年後に死のうが、きっとおばあさまには分からないよ。だって僕もおばあさまも、幽霊なんて見えなかったんだから。  その日僕は、学生寮へ戻ってきたルームメイトに最低な頼み事をした。
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