グッバイ、親愛なる愚か者。

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 おばあさまが亡くなったと知って真っ先に抱いた感情は、安心だった。悲しいとか寂しいとか辛いとかそういう気持ちが出る前に、僕はほっとしたんだ。  これでもう、生きていなくていいんだって。  あんなに大好きだったのに、僕はなんて薄情なんだろう。  今は少し、あのときおばあさまの病室へ見舞いに行かなかったことを後悔している。あの頃は誰に頼まれても、引きずられたって行かなかっただろうけど、今は何がなんでも会いにいけばよかった、そう思う。きっと会ったところでまともな会話なんて成立しないし気まずいだけだろうけど、それでもおばあさまに会えばよかった。会って、ありがとうとさよならを言いたかった。今更すぎる後悔だ。  坊主頭は泣きじゃくる僕を抱えて僕の部屋へ向かった。多分、僕を落ち着かせて話をしようと思ったんだろう。結果として、それは最悪手だったんだけど。  僕の部屋に入った坊主頭は、部屋の入り口で抱えていた僕を落とした。というか脱力してその場にへたり込んだというのが正しい。恐怖に支配された坊主頭の目には僕なんてちっとも映っていなくて、もう存在そのものを忘れてしまったかのようだった。僕のほうは坊主頭よりは幾分か冷静だったけど、硬直した体は身動きひとつしなかった。  そう、彼だ。彼がやったのだ。彼は僕という問題児が起こした自殺ショーの陰で、密かに自死を遂げたのだ。  彼を見た瞬間、思った。これは絶対に助からない。というかもうきっと、息をしていない。  彼は二段ベッドの下段で、人形のように眠っていた。微笑みを浮かべたその顔はいつもと少し違う晴れやかな顔で、まるで本当は生きてなんかいなかったみたいに、魔法が解けたおもちゃのように、綺麗な顔でそこにいた。  前に具合を悪くして眠る彼を見たときも、僕は人形のようだと思った。あのときも彼はこんなふうに、艶やかな漆黒の髪を乱すことなく静かに布団に包まれていた。ここをくり抜いて絵画だと言って見せたら高く売れそうな彼の寝顔。  もっとも、あのとき彼の周りにはこんな(おびただ)しい量の血なんてなかったけど。  艶のある黒髪に、白い頬に、淡い色をした布団に、そして衣服に。そのどれもに本来ないはずの赤が、強く存在を示している。鮮やかなその一色だけが、薄暗い室内で夕陽を浴びて光っていた。  一瞬、見惚れてしまうほどに美しかったその場所は、正気を取り戻した坊主頭のおかげで阿鼻叫喚の殺人現場へと姿を変えた。動かない人形となった彼の首には、銀のナイフが一本、まっすぐに突き刺さっていた。
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