グッバイ、親愛なる愚か者。

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 僕が病院で目を覚ましたときには、もうずべてが終わっていた。彼の葬儀は彼の祖父が密かに済ませたらしい。友人どころか実の両親さえも来ず、ささやかなものだったと坊主頭に聞かされた。  彼の名誉のために、彼の死因は伏せられた。真実を知っているのはあの場で気を失った僕と医務室へ駆け込んだ坊主頭、それから医務室の先生と彼の祖父。僕の知る限りではそれだけだ。  表向き、彼の死因は持病の悪化ということになっているらしい。というのも彼は生前、学友たちへ向けて一通の手紙を遺していた。僕は学友なんかじゃないから読んでないけど、その手紙には自分が不治の病であることと、病を隠すために病室の僕に仮病を使わせていたということが書いてあったらしい。僕は仮病なんて一度も言ってないのに。  どうして彼は最期に本当のことを打ち明ける気になったんだろう。こんないい逃げのような手紙を遺していくなんて、彼は卑怯だ。最期まで僕というわがままなルームメイトに振り回されたお人好しでいればよかったのに。僕は一度だって彼に強要されていないんだから。利用はされたけど。  そう、僕の紐なしバンジージャンプは彼にすっかり利用された。彼は僕が何をするか知っていて僕に屋上の鍵を渡したのだ。僕が成功させようがさせまいが、あの部屋の中は彼ひとりになる。すぐに誰かに発見されては助かってしまう可能性がある。だから誰も来ないときを狙った。  彼の誤算は坊主頭が僕を助けたことだろう。僕が部屋へ戻ったのは、彼が思ったよりもずっと早かったはずだ。あのときはまだ息があったらしいし。僕にとっても誤算だった。飛び降りた人間に上から飛びついて庇うなんて、普通じゃない。棘の上にも落ちてないしほとんど怪我もしてないし、ものすごく化け物じみてる。 「二度も目の前で友人を失いたくなかった。」 坊主頭はそう言った。  僕はそれを聞いて、いつから僕たちは友だちになったんだろうとか、そんな酷いことを考えていた。 「俺の親友な、俺の目の前で崖から落ちていったんだ。親からの暴力に耐えられんくなったって言って。俺はそのこと知ってたのに、助けられんかった。俺の故郷、結構な田舎でな、その崖はほとんど人が立ち寄らんところにあったんだ。半年探したけど、ついに体は見つからんかった。」 故郷にいたら、その親友を思い出してしまう。どこへ行っても思い出が溢れて泣きそうになる。助けられなかった自分が惨めに思えて悔しくなる。後を追いたくなる。だから故郷を出てこの学校に入った。坊主頭はそう語った。  坊主頭曰く、僕はその親友と同じ目をしていたらしい。未来に絶望した、生きることを諦めた目。人生を自らの手で、終わらせたがっている目。だから放って置けなくて、勝手に僕と親友を重ねて付き纏った。もし僕を助けることができたなら親友の魂も救われる、そんな変な願掛けまでして。  いい迷惑だ。僕はその親友の名前さえ知らないってのに。  彼がいなくなって、教室からは活気が消えた。  僕があの日に屋上から飛び降りたことを知っているのは今となっては坊主頭だけで、彼の遺書のおかげで病弱の肩書も失った僕は空気のような存在に戻っていた。といってもやっぱり僕を噂する人はなくならなくて、彼といちばん仲が良かったのに可哀想ねとか、彼の死の瞬間を看取ったから病んでしまっているに違いないとか、憐れむ声は聞こえてきた。  坊主頭はあいも変わらず僕に向かって一方的に話しかけていたけれど、あちこちで会話が飛び交っていた以前と違って坊主頭だけが言葉を発する教室は、なんだか少し不気味だった。 そんな彼の四十九日が経過した頃、ひとり部屋になった僕の寮室に一通の手紙が届いた。死の国から届けられたそれには、ルームメイトの、彼の名前が記されていた。
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