グッバイ、親愛なる愚か者。

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 僕は人と関わることが嫌いだ。大嫌いだ。  僕は、僕の全てを僕以外の誰にも知られたくない。よく分からない赤の他人に、どうして自分の内側を(さら)け出さなければならないのか。知られなければならないのか。知られなければならないのか。理解不能だ。  だから僕は誰とも関わらない。彼だって、知られたくないのなら僕のように誰とも関わらなければいいのに。  ひとりでいることは、辛いことだろうか。  みんなで一緒にいることは、正しいことなのだろうか。  ひとりで学校へ行き、休み時間には本を読んで、教室の隅でひとり昼食を広げ、また本を読む。そして授業が全て終われば、ひとりで学生寮の自室へ戻る。誰とも行動を共にせず、常にひとりきり。決して悪いことをしているわけではない。そのほうが色々と楽だし、疲れないだけだ。  だというのに、どうして彼は常に誰かと関わろうとするのだろう。どうして彼は、ひとりを恐れているんだろう。彼が見せる笑顔は、僕にはいつも苦しそうに見えた。  僕には彼が分からない。  僕は人と関わるのは好きじゃない。けれど、人そのものを嫌悪しているわけではない。むしろ、僕と必要以上に関わろうとしない人のことは好きだとさえ思う。そういう人たちは、僕のことを苦しめない。  初めこそ寮の部屋が同じよしみだからと色々話しかけてきていた彼は、僕があれからなんの反応も返さなかったおかげか二週間もする頃には話しかけてくるのをやめた。それから彼が命を絶ったあの日まで、僕と彼だけの寮室には一切の会話がなかった。  僕は寮室にいる間、ずっと二段ベッドの上段で過ごしていた。彼が大声で話しかけようが何をしようが、布団をかぶって耳を塞いでいれば聞こえない。彼がこの大して広くない室内で叫ぼうが笑おうが咳き込もうが嘔吐(えず)こうが泣こうが苦しもうが全部無視。たとえ同室であっても、何か困っていそうでも、僕は誰かと馴れ合う気なんてさらさらなかった。  けど僕にも矛盾があった。そんな、なんの興味もない赤の他人のはずだった彼に、僕は手を貸した。  彼の人気は凄まじく、あっという間に教室を飛び出した交友関係は瞬く間に学校中へと広がっていった。彼はその広がった友人関係に、僕を混ぜようとはしなかった。だから僕が彼を巻き込んだ気まぐれをやり始めたその瞬間まで、学生寮で部屋の近かった数人を除いて誰も彼と同室が誰か知らなかった。その点において、僕は彼をそんなに悪いやつじゃないのかもしれないと思った。  その事実が、僕をほんの少しだけ狂わせた。
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