厄除師というおシゴトは……。

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厄除師というおシゴトは……。

◇◇◇  十二支の一文字が入っている【厄除師】は、十二支の末裔である。   例えば、 丑→丑崎 猿→猿堂 未→未谷など……【厄除師】の中では名家であり、本家である。その下には各分家が枝分かれのように広まっている。   これは、世間では知られてはいけないルール。   昔からの約束事。  何故なら……、彼らは、世間の空想物語で言う、《異能者》だからだ。  それは十二支家系、全員ができるというわけでは無い。   糸引き飴のように当たりとハズレがある。  耀は、生まれた時から偶然受け継いでしまった。ただ、それだけだ。  彼らは、裏の業務でいう〈厄物処理(シゴト)〉を業務委託で処理をしている。  業務委託……という事は、〈報酬額も内容によって〉変わってくる。   よって、報酬額が高いシゴトの取り合いという事になるのだ。   そうなると……、自分のところへシゴトが【自然と】回ってくるように、仕掛けてくる輩が出てくるのが世の中であって。  それが、この結果である。  今日(こんにち)までの出来事を現在、走馬灯のように駆け巡った記憶の中。   再度耀の怒りのバロメーターが〈ギュンッッッ!!〉と爆上がりをし、限界を超えて震えが出る。体内の血液が沸騰したように熱くなり、無意識に左手に握り拳が出来上がってしまう。    爪が閉じられた掌の中に徐々に食い込み、終いにはヌルリとした感触が広がった。  そこで、我に返る彼女。  掌を広げると自分で作った傷口から、錆びた金物のような匂いがほのかに香る。各爪の先端に血液が付着してしまった現状。   先日国内に帰国した時に、今日の為に気合い入れてネイルサロンで綺麗にして貰った爪が、台無しになってしまったのである。 (やッば……!打ち合わせ前に、ヤッてしまった……) ーーとにかく、(精神的に)落ち着かせなくては……!  周りには誰もいない、音も全く無い空間内。   直ぐ横に空いているスペースがあるのを発見した彼女はニンマリと口元に弧を描く。   そして、先程の傷口に《気》を集中させる。 数秒後に、植物の種が一粒が小さく出てきた、ソレをアスファルトの地面へ静かに落とす。種が地面へ ー カッツー……ン ー と無機質な音を立てた瞬間、ソレはパキッ!と弾ける軽快な音に変わり罅割れた。    ーー ビキッッッッ!! ーー  卵から雛が誕生するような乾いた音が響いた直後、無数の孔雀色の蔦が四方八方と勢いよく飛び出す。   このままだと、コンクリートでできた古びた外壁を傷をつける流れになってしまう。かと思いきや、蔦はUターンし地面の真ん中一箇所に集まる。   それぞれ一本ずつ意思があるかのように、ー シュルシュル……、と巻き戻しテープのような無機質な音を出しながら滑らかな動きでバランスボールのような形に纏まる。   最後に、静かになった孔雀色の蔦は見事な一人分が座れる、丸みのあるホールクッションに生まれ変わった。   触ると肌触りが滑らかで程良い弾力だ。 「……うん!今回も完璧な仕上がりね。 ふぅ……!これに座って、心を落ち着かせよっかな……。打ち合わせまで、まだ時間あるし♬」 独り言を呟きながら、ゆっくりと腰を下ろし座る。   慎ましい胸の谷間に忍ばせている植物のウツボカヅラを取り出し、親指と人差し指を静かに中に突っ込む。  〈何か〉を探すように、掻き混ぜる仕草をする耀に合わせて、その植物から《ギィ……ギィ……!》と鈍い金切り声が耳にこびりつく。 そして、中から取り出したドリンクボトルの封を開ける。  開けた瞬間に、香ばしい豆の香りが湯気と共に鼻腔を擽り無意識に目を細める。  宿泊させて貰っている彼氏の家から淹れてきた、大好物の温かい黒豆茶に先程の殺意的な気持ちが解れて溶けるように消える。  ボトル口に桜色の唇を合わせて一口含むと、黒豆の香りがふんわりと優しく広がった。後味の甘味がほんのりと残る。  心が満たされ自然と柔らかい笑みが溢れる彼女。  ーーこの静かで何も個性が無くなってしまった路地裏内にて。  耀の周りの空気だけ、実家に帰ってきた時の穏やかな雰囲気に変わっていた。
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