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*五章の弐
結局、交番に行ってから何日経っても、だれかが紺を探しているというような連絡が入ることはなかった。
そして紺も、どこから来たのかを思い出すような感じもない。
紺と出遭ってから二~三日も過ぎれば、紺は当たり前に今までぼくと暮らしていたかのようにぼくの部屋の景色にも暮らしにも溶け込んでいる。
「それって居直り強盗みたいなもんじゃねぇの? 本当は緋唯斗かどっかの家に盗みに入るのが目的だったけど、失敗したから、っていう」
紺がぼくのアパートに暮らすようになって十日くらい経った頃、たんぽぽで店番しながら白川くんに紺のことを話したら眉をひそめてそう言った。お前、マジで拾い物しすぎじゃね? とも言いながら。
「ん~……でも、紺はべつにぼくのお金とかものとか盗っていく感じではないんだよねぇ」
「そりゃまだ正体現してないからだろうよ。お前が油断した隙に……なんてことだってありうるぞ」
「そうかなぁ……でももうウチに来て十日は経ってるんだよ? 長すぎない?」
「俺は強盗の相場がわかんねえから知らねえよ」
それならぼくが紺に騙されているだなんていうのも違うかもしれないじゃないか、ってぼくが白川くんに言うと、うーん、そうだなぁ……と、白川くんは頭を抱えてしまった。
「まあ、なんにしても気を付けることに越したことはないんじゃね? それでなくても緋唯斗はそそっかしいから」
「そうかなぁ……」
「この前店の前に落ちてたハンカチを渡しに行ったら違う拾い物してきただろ、なんだっけ、風船?」
「風船なくした迷子の子ね」
一昨日のバイト中にたんぽぽの前にハンカチを落としていったお客さんがいたから、急いで渡しに行ったんだけれど、その帰りに風船を飛ばして探し回っている内に迷子になってしまった小さな女の子に出くわしてしまったのだ。
その子をとりあえず交番まで連れて行ったりしてバタバタして、白川君に一人で店番させたことを言っているのだろう。
「だって仕方ないじゃん、あんな小さな子放っておけないよ」
「まあ、そういうのを放っておけないって無条件に思えるのが緋唯斗の良いところではあるんだけどな」
迷子に出くわした日の話を紺に話した時も、同じようなことを言われた。緋唯斗はやさしいですね、って自分が親切にされたみたいににこにこして。
紺はぼくの一日の話を、すごく楽しそうに聞いてくれる。どんなに些細なことも、「それで、どうしたんです?」って次々話題を引き出してくれるから、ついついいっぱい喋ってしまう。
そうして一日の終わりを一緒に紺と過ごすことが、最近とてもぼくにとって癒しの時間になり始めているのに気付き始めていた。
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