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*八章の壱 似ている誰かと残された“時間”
交番で睨み合いの末に取っ組み合いなんて始めちゃったらマズいので、なんとか紺を説得して、ぼくは紺と金路とぼくのアパートの部屋に帰った。
部屋に着くと、ぼくよりも紺よりも先に金路は中に上がり込んで、当たり前のようにこたつ机の前にあぐらをかく。
「金路! 家主の緋唯斗より先に上がるとは何事ですか!」
「硬いこと言うなよギン……」
「私は、紺です」
金路が口にしかけた名前のような言葉を遮るように紺が名乗って、金路は目を丸くした。そして、何か面白くなさそうな顔をして、「フーン……名前をもらったのか、お前」と、呟く。
名前を、もらった……? 紺は、最初から紺じゃないの……? ぼくの頭の中が疑問符だらけになっていたけれど、二人は構うことなく睨み合ったままだ。
「……だったら、なんです」
「名前をもらっておきながら、まだ仕込んでないのか?」
「大きなお世話です。私には私のやり方があるんです。それに、まだ時間だって――」
「そういう呑気なこと言ってるから、間抜けにもこの世界であいつを亡くして、挙句お前はつまんねえことで死にかけてチカラを使い果たしたりするんじゃねえのか?」
金路が呆れたような、少し意地の悪いような顔で言うと、紺はまた黙り込んでしまった。
二人がどうやら知り合いで金路は紺の何かを知っているみたいなこと、紺は何かを仕込まなくてはいけないこと、そしてそれには期限があるということが何となくぼくにはわかり始めていた。
折角今日は紺がごちそうを作ってくれて、楽しい日になるかと思っていたのに……これは一体どういう状況なんだろう? ぼくは言いようのない悲しいような悔しいようなぐちゃぐちゃした気持ちでいっぱいだ。
うっかりすれば泣き出しそうな気持ちで俯いていたぼくに、そっと紺が振り返って微笑みかけてくる。何も言ってなかったけれど、それはすごくホッとする微笑みだった。
そしてまた、紺は金路の方に向き直る。
「これは私と緋唯斗の問題です。金路、あなたには関係がない」
「そうかもしれねえけど、そうだとも言い切れないだろ。現にお前はもう名前をもらっている。名前をもらっている以上百日以内に仕込むのが決まりだろうが」
「百日以内にという決まりであっても、いつ仕込むかどうかは、私が決め、緋唯斗に許されて初めてできることです。あなたが焦れて口出しすることではない。たとえ、あなたが片割れだとしても」
凛とした口調と態度できっぱりと金路の言葉を突っぱねる紺の姿を見つめながら、ぼくは胸の奥がとても熱くなって高鳴っていくのを感じた。
ぼくは二人が何について言い合いになっているのかは全くわからなかったけれど、それにはぼくも関係していて、それについて紺はぼくの選択権を守ってくれるということはわかった。
意味が解らないことではあったけれど、だからこそ、ぼくの選べる権利を守ってくれるのは素直に嬉しい。
(――でも……金路が“片割れ”って……もしかして、二人は……双子なの?)
ただの双子の兄弟にしてはかなり憎しみ合っている雰囲気に、ぼくは二人を引き合わせてしまったことがよくなかったのではと悔やんだ。
それからしばらくの間、紺と金路は睨み合ったままで、ぼくも立ちすくんだまま動けなかった。
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