*八章の弐

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*八章の弐

 どれぐらいの間そうしていただろうか。射しこんでいた陽が傾いて、影が伸びてきていたぐらいだから、ずいぶんと長い時間だったのかもしれない。  このままずっと睨み合っているのかな……と、ぼくが思っていたら、突然座っていた金路が立ち上がった。  帰るんだろうか……? ぼくがぼんやりその姿を目で追っていたら、金路はぼくに近づいてきてぼくの腕をつかんで引っ張ってきた。  引かれるがままぼくは金路の腕の中に納まって、紺の目が一気に釣り上がった表情になる。 「緋唯斗を放しなさい!」 「まだ仕込んでねえなら、俺にだって権利があるだろう。なにせ、片割れなんだからな」 「しかしあなたは名前をもらっていない!」 「仕込みのない状態で、いまのお前の名前の効力なんてたかが知れてら」  金路がそう言ったかと思うと、金路はぼくの顎に手を宛がって彼の方へ向かせる。 「……ッはは、見れば見るほど紫音(しおん)に似てるな、ホント……」 「え……?」 (――シオン……? 似てるって、ぼくが?)  誰かの名を口にして金路がぼくを見つめてくる。紺と似ているようで、でも全然正反対な雰囲気の金路の目は、ぼくを捕らえて離さない。  どんなに動こうとしても、まるで暗示にでもかかっているみたいに目を逸らすことも指を一本も動かせないでいるぼくは、ゆっくりと近づいてくる金路の顔を見つめたままだった。  ――……イヤだ! イヤだ! 助けて、紺! ぼくは実際にそう叫んでいたのか、それとも頭の中で喚いていただけなのか、わからない。  ただただ夢中だった。夢中でぼくは身を捩っていた。さっきまであんなに動かそうと思っても動かなかったのに。  そして気づけば、紺がぼくの腕を引くと同時に金路を殴りつけて、その勢いで手放していた。  ぼくは紺の腕の中に納まり、金路は窓際の壁まで吹っ飛んでいく。  強く紺が抱きしめてくれるのが嬉しくてぼくも思わず紺を抱きしめていた。 「……ってぇ、殴るこたねぇだろ」 「私に名を与えてくれた者に、気安くその手で触れるんじゃない。それだけで済んで有難いと思いなさい」 「なんだと? 名前をもらっておきながら何にもしてねえお前に何の権利も……」 「それ以上何か言おうものなら、たとえ片割れだとしても容赦はしませんよ、金路」 「……ッち」 「命あるうちにさっさとここから去りなさい」  いままで見たこともないくらいに激しい怒りに包まれている紺の気迫に、金路は睨みつけつつもそれ以上何も言う事も手を出してくることもなかった。  それからぼくらを押し退けるように玄関のほうによろよろと歩いて行き、そしてドアに手をかけて出て行きざまに言い捨てるようにこう言った。 「――種を仕込める期日まであと半月……それまでに仕込めていなければ、俺が迎える」 「あと、半月……?」  ぼくが問うように紺の方を向くと、紺は怒りの表情を崩さないまま唇を噛んで金路を睨みつけている。  そうして金路が出て行ってからも、しばらくの間ぼくは紺に抱きしめられたまま動くことができなかった。紺は、じっと金路が出て行ったドアを睨んだままだ。  紺に訊きたいことがいっぱいあるはずなのに、言葉がうまく繋がらなくて出てこない。もし繋がったとしても、言葉になったとしても、いまの紺に訊いて良いようには思えなかったけれど。  うっすらと暮れてきた部屋の中で、ぼくらはただ黙って息を潜めるように抱き合っていた。
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