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*九章の壱 熱にほだされた紺がぶつけてきた想い
金路との件があってから数日くらい紺はいつもより口数が少なかった。
口数が少なくて、怒っているような、苛立っているような、いつも冷静で穏やかな紺の姿とは違った雰囲気を放っていた。
それでも紺はちゃんといつもご飯を用意してくれたし、もちろん他の家事もやっていてくれている。
ご飯は一緒に食べてはいたけれど、ぼくが一方的にしゃべって、紺がそれに静かに頷いているだけだったけれど。
小さな子どもじゃないからぼくの話に何らかのリアクションをしてくれなきゃイヤだっていうわけではないのだけれど、最近の紺はなんだか思い悩んでいるような感じでもあって、それが気がかりだった。
(――……ぼく、紺を悩ませるようなことしちゃったのかな……)
知り合い……もしかしたら双子の兄弟かもしれない金路を、偶然とはいえ紺と引き合わせて家にあげてしまったのは、やっぱり良くないことだったのかな……
いまさらにそんなことを考えてみたりしたけれど、なんとなくぼくから金路のことを紺に訊いて良いのかわからなくて、結局何も言えないままだった。
大学の新学期が始まる前日、いつもならぼくより早く目覚めて朝食の用意をしていたりするのに、紺は起きてこなかった。
もし熱が出ていたりしたら大変だから、せめて熱だけでも測りたかったんだけど、頭まですっぽり布団を被っていて顔色もうかがえない。
「紺? 具合悪いの?」
「…………」
「熱が出てたらいけないから、せめて熱だけ測らせてよ。それに、朝からなにも飲んでもないし」
「……いえ、大丈夫です」
布団の奥からくぐもった、苦しそうな声が小さく聞こえた。
熱が高いのかもしれない……そう思ったぼくは、山になっている紺が被っている布団を揺さぶってもう一度声をかける。
紺は、「大丈夫ですから……放っておいてください……しばらく寝ていたら、治まりますから……」と、答えたきり、じっと黙り込んだ。
黙り込んだけれど漏れ聞こえてくる呼吸の音は苦しそうに荒くて、ぼくは不安を煽られるばかりだった。
(こんな状態で放っておけるわけないじゃないか!)
ぼくは最近あまり紺とちゃんと話せていなかった苛立ちみたいなのも少しあったんだと思う。放っておいてくれ、と言われたことについ、カッとなって反射的に紺の布団をはぎ取っていた。
布団の中から出てきたのは、パジャマ代わりにしているロンTとスウェットのパンツすら暑苦しそうに汗ばんで肌を上気させた紺の姿だった。
これはただ事ではない、と思ったぼくは、咄嗟に熱の高さを確認するために紺の額に手を宛がおうとしたけれど紺は、それを大きく身を反らして交わす。
「こら! ダメだよ! そんな真っ赤な顔して……やっぱり熱があるんじゃない。病院に行かなきゃ」
「……いえ、大丈夫、ですから……っは、っあ……これ、は……ただ、ちょ、っと……盛、って……る、ので……」
「大丈夫だなんてうそばっかり! ほら、行こうよ、紺……」
頑なに病院に行くことを拒む紺の腕をつかんで立ち上がらせようとした時、その手が振り払われた。
その衝撃にぼくが目を見張ると、紺もまた気まずそうにぼくを見て、やがて逸らす。振り払われた手の感触と、反らされた紺の視線に、ぼくは呆然とするしかなかった。
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