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*一章の壱 拾い物体質ゆえの良縁と悪縁
「すみませーん、これ、落ちてたんですけど」
通りがかった交番の中に声をかけて、ついさっき駅前の交差点で拾ったスマホをお巡りさんが座るデスクの上に置く。
「ああ、また拾ったの。ホント、よく拾うねぇ緋唯斗くんは」
ぼく、赤妻緋唯斗は毎日のように拾い物をしてしまうので、それを毎回必ず交番などに届けるようにしている。スマホだけで今月三回目。もう顔も名前も覚えられている。
最初に届けた時はぼくの背が低くて二十歳なのに童顔なせいか、中学生に間違われちゃったんだけれど。
「ヘンな輩がSNSで拾い主の居所探ろうとして妙なもの落としたりする世の中になっちゃって、最近じゃ落し物があっても知らん顔するような人が多いのに……緋唯斗くんは真面目だねぇ」
顔なじみのお巡りさんの小林さんは、感心しているのか呆れているのかわからないようなことを言って苦笑する。
拾い物をすることは誰でも一度や二度くらいあると思う。
拾ってしかるべきところに届ければ、ちゃんと持ち主のところに拾い物は戻るし、タイミングが合えば持ち主に感謝されることもある。これは結構気分の良いし、落とし主に持ち物が帰ってきてホッとする顔を見るのはこちらも嬉しくなってどちらもしあわせな気分になれると思うんだ。
落し物は道で拾ったら拾った日から七日以内に持ち主に返すか、交番などに届けなくちゃいけないと言う法律上の事情もあるけれど、ぼくは拾い物をすることにも何かの縁があることだとも思っているから、落ちている物はできるだけこうやって届けることにしている。
とは言え、拾い物したら必ず感謝されるかと言うと、それだけで済まないこともなくはない。
このご時世、迷子を保護して連れて歩いていたら誘拐だと思われちゃうこともなくはないし、徘徊しているお年寄りなんてそもそも保護の仕方が特殊すぎて、とてもじゃないけどそう何度も出くわしたくない案件だ。
出くわしたくない案件、と言えばこの前――たしか、二~三カ月くらい前だったと思う――公園でよくわからないアタッシェケースみたいなものを拾ったこともあった。
持ってみるとなかなか重たくて、開けようにも鍵がかかっていて中身をたしかめようがない。
だからいつものように交番に持って行こうとした、その時だった。
「――おい、そこのガキ。勝手に俺のブツに手ぇ出してんじゃねぇぞ」
声をかけられて振り返った先に立っていたのは、仕立ては良さそうなチャコールグレーのピンストライプのスーツに黒の開襟シャツ、ゴールドのチェーンのネックレスに身につけた、目つきがナイフのように鋭い、いわゆる反社的と思われる姿のお兄さん。
……この人、絶対、カタギじゃない……! と、思った時にはぼくはお兄さんから襟首つかまれて逃げ出すことすらもできなかった。
どうやらそのいわゆる反社的と思われるお兄さんはぼくが対立する組の使い走りで、お兄さんがうっかり置去りにしかけた“ブツ”を奪っていくんじゃないだろうかと思われたみたいだ。
「いい度胸じゃねえか、俺の目の前で俺のもんに手ぇ出すなんて」
「ち、違います! ぼくは決して怪しい者ではありません‼」
「ほう、この期に及んで嘘までつくのか」
「ひぃぃ!」
凍り付くような笑顔で言われて、危うくぼくはそのままお兄さんの事務所まで連れて行かれそうになった。
必死にぼくはそういう組織とは無関係な一般市民だと泣き出さんばかりに話して、ようやく解放されるのに小一時間ぐらいかかった……なんてこともあった。
よく生きて帰ってこられたな、って、話すたびに友だちにドン引きされる。
拾い物すると、時々だけど、こういうトラブルもなくはない。
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