使節団の来訪は転機の訪れ

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使節団の来訪は転機の訪れ

 約二か月前、長らく親交が途絶えていたエルグラシア王国が同盟を提案してきた。  何の前触れもなく訪れた通達に国王であるフロエンド、そして忠臣たちが一か月慎重に会議を繰り返しまず、使節団を受け入れる許可を出した。  その準備が本格的に動き出し、ウィリアムは中々エンリアの元を訪れる事が出来ずいた。それでも、週に3日はエンリアが籠っている塔に顔を出すようにしていても、変わらずエンリアがウィリアムの前に出てきてくれる事は無い。  出てきたとしても、魔法道具で声だけ飛んでくる。『帰れ』『会わない』『しつこいぞ』『灰にするぞ』などは変わらない。  しかし、フロエンドから使節団の来訪時にはエンリアも同席すると聞いている。一応使節団が要人でもあるので、ファルグニスに所属するたった一人の賢者として何か警護を固める意と罠がないか側に居てくれるそうだ。  なので、その時にしっかり捕まえてやるとウィリアムは意気込んでいる。  以前、エンリアから額に口付けをされてから体は不思議なほど軽い。エンリアからルーラーと同じ気配を感じなんとしてもどういう事か聞き出したい。ウィリアムはそんな思いで一杯だった。 「エクロアース公爵」  不意に名前を呼ばれ声のした方を見ると、宰相のビルクが近くに居た。 「何でしょう」 「来週に来訪するエルグラシア王国使節団についてですが、来訪リストが届いたので確認して頂きたい」  そう言って手渡されたのは一枚の紙。そこに、誰が使節団として来訪するか書かれていた。そこに書いてある、一人の名前に目が止まる。  その名前は『ジェイコブ・フレンダ―』  所属している国が特に定まっていない事で有名な魔法使いの名前だった。加えてシェリフになりたいなどと吹いている奴だ。 「今はエルグラシアに留まっているそうですが殿…アストロ大公に変な絡み方をしないか心配で」 「確かに」    それはそうだが、あのエンリアだ。無礼だと思えば逆に相手を氷漬けにでもしてしまうのではないか?もはやそっちの方を心配した方がいいかもしれないと思うが、絡まれてるエンリアを見るのも癪だとも思うウィリアム。 「当日は俺が閣下の側に居るようにします」 「お願いします」  ビルクはにこりと微笑んで執務室へと戻った。  ただ側に居ると言っても煙たがられるし嫌味を言われてしまうのは予想がつく。だが最近では少しずつそれも慣れてしまって可愛いものだ。  そしてエルグラシア王国の使節団来訪当日。  謁見の間にてウィリアムは早速太々(ふてぶて)しい顔を拝謁する。勿論それはエンリアだ。  王と王妃の玉座が中央に用意されそこに腰かけている二人。王であり兄の真隣りにエンリアは立っていた。そしてその隣にウィリアムが控えていた。 「弟よ。使節団が到着したらその怖い顔はやめてくれよ」  苦笑いでフロエンドが弟のエンリアに諭す。その隣の王妃もくすくすと笑みを零していた。 「いいのではないですか、陛下。大公の可愛いところでもありますよ。ね?」 「義姉上、私に同意を求めないでください。それに可愛くありません」  更に太々しい顔になったエンリア。王妃のシャーリー・ファルグニスは以外にも王弟のエンリアを可愛がっており、顔を合わせる度少しからかってしまうのだ。 エンリアがそれを嫌がっているのを分かっていてもからかいたくなるらしい。 「でも閣下、せめて無表情はあまり…」 「煩い。お前が口を挟むな」 「くっ…」  相変わらず辛辣な返しが早い。ウィリアムは久しぶりに生のエンリアを前にしてそんな事を言われ何も言い返せなかった。更に機嫌が悪くなってしまうのが目に見えてたからだ。 「陛下!エルグラシア王国使節団が到着いたしました!まもなく参ります」 「分かった。エンリア」 「…今の所は問題ない」  きっと使節団が何か持ち込んでいないかの確認だろう。魔法系ならエンリアが見逃すはずがないので、魔法系統の罠などは無さそうだ。  ほどなくして騎士の格好をした男が8名、紫のローブを着た魔法使いが2名謁見の間に登場した。  先頭に立つのはこの使節団の代表と見れる凛々しい顔立ちをした男。背も高く短く切られたダークブラウンの髪は爽やかな印象を受ける。  そして使節団一行は王であるフロエンドの前に膝を付き、先頭の男が言葉を発する。 「お初にお目にかかります、ファルグニス王、ならびに王妃。この度は我らエルグラシア王国の使節団を受け入れて頂き感謝いたします。そして、かの賢者様と英雄殿のご尊顔叶い恐縮でございます」  よく回る口だ、とエンリアの冷えた眼差しが見下ろす。 「うむ、よく参った。朕はファルグニス国王フロエンド・ファルグニスだ」 「この使節団を取りまとめますエルグラシア王国、軍の総司令官を務めますリカルド・デンバッハと申します」 「態々総司令官殿が来たのか」  これにはフロエンドも驚いたようだ。使節団で軍の総司令官という役割の人間が来る事が珍しい。大体、交渉を得意とする文官に護衛の騎士が付くものだ。リカルドは頭を上げると一瞬だけウィリアムに目線を向けた。だが直ぐにフロエンドに視線を戻し立ち上がる。それを合図に後ろに付いていた者達も立ち上がった。 「それで?同盟の提案とは何だ」 「はい。我等エルグラシア王国とファルグニス王国の境界に氷鉱山の採掘権はファルグニス王国にあります」 「そうだ」 「約300年前にその氷鉱山を巡り戦をして我等エルグラシア王国が敗北し、氷鉱山の採掘権がファルグニス王国に渡りました。加えて300年間は不可侵の条件も付けて」 「何が言いたい?300年経過したから今度は譲れと?」 「とんでもない。我等とて戦はしたくないのです。ただ、氷鉱山で採れる魔晶石は欲しい。なので採掘権はそのままで、採れた3割を譲渡して頂きたいです。これだけでは判断材料とはならないと思いますので今我々で掴んでいるイーラン連合国の情報をお渡しいたします」 「…ほう?何だか朕等ばかり好待遇ではないか?」  イーラン連合国はシェリフ戦闘部隊など作る、武力が正義と語る国の一端である。時には強いシェリフを攫ったり、人身売買をしているなどの黒い噂もある為ファルグニス王国とは折り合いが悪く、15年前から注意視している国だ。 「我々としてはそうしてでも魔晶石が欲しいのです」 「何故だ?」 「氷鉱山で採れる魔晶石は純度が限りなく高い。近年エルグラシア王国は作物が上手く育たない事が多く、民の食糧不足が問題視されています。魔晶石が民にも使える魔法道具を開発して食糧不足も解消できるのでは、と。そのように考えております」 「成程…。内容は把握した。だが直ぐに返事を出す事はできない」 「承知しております」 「うむ。今日はゆっくり休んでくれ。明日、貴殿等の歓迎パーティがある。その時にまた会おう」 「感謝いたします」  そして使節団は謁見の間から退出した。扉が閉まる刹那、紫ローブを着た一人が愉快そうにエンリアに視線を送っていたのを、当の本人は気に食わない顔で睨み付けていた。ただその様子を隣に控えていたウィリアムは不思議そうに見る。  フロエンドは小さな溜息を吐く。これから宰相や側近達と念入りな話し合いが始まるだろう。  部屋を移動し、フロエンドの執務室。そこにはフロエンドとエンリア、ウィリアム、宰相のビルク、貴族序列三位のマハト・オルネアの五名が居た。 「エルグラシア王国の食糧不足は本当のようです。なんでも日照りが続き雨が降らず土が枯れ、土地自体が回復しないそうです。国所属の魔法使いの力をもってしても」  ビルクが早速、エルグラシア王国の現状を調べ上げた結果を報告する。すると、エンリアが鼻で笑った。 「その魔法使いが無能なんだろ」 「閣下、それは言い過ぎでは…」 「事実だ」  ウィリアムがさりげなく注意するも強気な返事が返って来るだけ。そしてマハトが一つの疑問を持つ。 「魔法使いの魔法でもどうにもできなかったのに、魔晶石が手に入った所で本当に解決になるのですか?」 「あの生意気な男が言っていただろう。氷鉱山で採れる魔晶石は純度が限りなく高い。純度が高い程、澄んだ魔力が詰め込まれている。そういった魔晶石は普通の魔法より物質に通用しやすい」  珍しくエンリアが丁寧に説明した。マハトは「なるほど…」と思案する。であれば、魔晶石を欲しがるのも無理はない。民のために、今回の同盟の提案はかなり苦渋の決断だったと思える。  一旦、話し合いはここまでで各自解散する事となった。エンリアが転移魔法で姿を消そうとした瞬間、それを察知しウィリアムは急いでエンリアの手を握る。そして二人して第二皇子宮へ転移した。 「…おい」 「あ、間に合った…」  一緒に転移したことに驚いた顔をするウィリアムを見て、エンリアはウィリアムをきつく睨み付ける。だがウィリアムは気にする様子もなく真っ直ぐエンリアを見詰めた。そしてエンリアの手首を掴み距離を縮める。 「ちっ…たく、本当にお前は何な訳?私に関わるのを諦める事を知らないようだ!」 「では…諦めて欲しいのなら、本当の事を教えてください」 「事実のみ言っている!魔法ではお前の汚染はどうにもならな…」 「でしたらあの口付けは何ですか!」 「くっ…ちづ…!馬鹿者!"額に"を付けろ!」  気にするのはそこなのか、と思うがエンリアの顔は真っ赤だ。それだけ話題に出してほしくなかったのだろう。 「教えてください。額に口付けした意味を」 「……適当だ」 「…大公閣下は適当で誰にでも男の額に口付けするのですか?」 「そうなんじゃないのか!いちいち口付け如きでしつこい!」  あまりにも引き下がらないウィリアムにやけくそ気味に答えてしまったエンリア。なんとなく、ウィリアムから漂う雰囲気に重さを感じ少し見上げると気付いた時には整ったウィリアムの顔が目の前に居た。  唇に口付けされていると気付くのにかなり思考を巡らせる。 「……んっ!?」  腰もしっかり掴まれ、逃げる事が許されない状況に意味が分からなくなる。抵抗しようにも賢者とシェリフの力量差は言わずとも分かるだろう。こうなったら魔法で…と考えた時唇は離れた。 「いきなり、何を…!」 「口付け如き…ですよね?」 「私は額だった!」 「その人にとってそれが口付けならどの場所でも同じ意味ですよ」  自分が言った事をいいように返されエンリアは何も言葉が出てこない。そして掴まれていた手首も放されウィリアムは少し後ろに下がる。 「俺は諦めてました。自分の汚染はどうしようもないから、多分遠くない未来死んでしまうのだろうな、と。…閣下が何故本当の事を話したがらないか知りませんが、俺の中の汚染に閣下が大いに関わる事は確信しました。今の口付けでも軽くなったのを感じます。…なので、俺は貴方を絶対に諦めません」  それはもう誠実に強い眼差しで。そういう意味ではないと理解しているが、盛大な告白のようだ。 「…ただのガキだったくせに…」 「…え?」 「勝手にしろ!」  吐き捨てるように言ってエンリアは転移魔法でまた何処かへ消えてしまった。おそらく塔に行ったのだろう。だが、ウィリアムは別の事に思考を裂いていた。エンリアが小さく呟いていた言葉。 「…俺は子供の頃閣下と会った事があるのか…?」  しかしそんな記憶は無い。幼い頃の記憶は勿論はある。だがその中にエンリアの姿は無いのだ。そしてある事を思い出す。 「明日の歓迎パーティーはちゃんと来てもらうよう伝え損ねた…」  いざとなればフロエンドの名前を使って無理にでも連れて行けばいいか、と思いウィリアムは第二皇子宮を後にした。途中ロンや執事に驚かれたが事情を話すと苦笑いされた。  エンリアが転移魔法で塔に到着し、自室のソファに倒れるように寝転んだ。すると待っていたかのように銀髪三つ編みのメイドが現れる。そしてエンリアの様子を見るなりげんなりした様子を見せた。 「もう~、ご主人様、正装のまま寝ないでください~」  礼儀など何も気にせず、メイドはてきぱきと寝転んだままのエンリアの衣服を脱がしていく。いつもなら途中で静止の声がかかるが今日はされるがままの主人を見てメイドは察した。 「…もしかしてエクロアース公爵と何かありました?」 「…………何も」  長い間の後に返事が返ってきて、これは何かあったなと確信する。だがエンリアが言いたくないのなら無理に聞き出す事も無いかと思いメイドは何も聞かなかった。だが話すのは勝手だと思い思った事を言っていく。 「…妖精達も言っていましたよ。素直になればいいのにって」 「……ティミ…ふざけた事を言ってると…」 「だって、ご主人様もそろそろ限界なんじゃないです?」 「…何の話だ」 「はいはい。私たちのご主人様は本当に頭が固いんだから。いいですよ。私はご主人様を守る為に存在しますから。明日着る歓迎パーティーの衣装は久々に私が腕を振るいましたので期待しておいて下さい!では失礼します」  メイドことティミが愉快気に部屋を退出する。しん…と静まり返った部屋にエンリアの溜め息だけが聞こえた。 「…あいつの大事なものを奪ってしまった私に…話す権利などないだろう…」  消え入るような声で呟かれたその声は、誰にも聞かれる事無く空気へと消えて行った。  翌日、エンリアは不愛想な顔で朝から歓迎パーティーの準備に取り掛かられていた。本人としてはパーティーなどどうでも良いが、一応この国の賢者兼大公として参加してほしいと尊敬している兄に頼み込まれてしまっては出るほかあるまい。  そして数時間後、更に不機嫌な顔になるエンリア。理由は、昨日不意にも口付けされたウィリアムが迎えに来ていたからだ。  ロンからその事を伝えられ、エンリアが帰るよう指示を出すも笑顔で返されてしまったロンは何も言えなかった。恐る恐るエンリアの居る部屋に戻ると蛇に睨まれた蛙のようになってしまったのは無理もない。 「ふう~!出来ました!いやあ、我ながら上出来!これで今日の歓迎パーティーで一番美しいのはご主人様ですね!」  誇らしく大きな声で言うティミ。仕立て屋で想像通りの服を注文し、後は少しティミが飾りを付け足す。それが毎回の恒例である。今回は白を基調とした生地にエンリアの瞳と同じチャロアイトの宝石と同じ刺繍が施してある。魔法使い特有のローブを右肩に掛け、下衣は動きやすい七分丈で揃えている。足首に見える雫のアクセサリーが心地よい音を奏でる。   「さ、ロビーで公爵がお待ちらしいのでさっさと行ってください」 「……はあ…」  気怠い面持ちで向かう。  階段の手すりに手を掛け降りていくとウィリアムがエンリアに気付き視線を向ける。そして昨日よりも着飾ったエンリアに目を見開いた。不機嫌丸出しのチャロアイトの瞳も美しいと思う。いつも暗い衣服しか見かけなかったので、白の正装とは印象が大分変るものだ。エンリアの艶やかな黒髪が映える。  ウィリアムもかなり着飾った正装だが、エンリアには敵わないと思った。 「…何だ」  じっと見詰めたまま、何も話さないウィリアムに怪訝な顔をする。 「あ、いえ…お綺麗ですね」 「は?私は令嬢じゃないんだが」 「本当ですよ」  そうしてウィリアムはエンリアに手を差し伸べる。エンリアはそれをエスコートの意味だというのを理解しぎょっとした表情を見せる。 「だから私は令嬢じゃない!エスコートは不要だ!」  そしてウィリアムの横を早歩きで通り過ぎさっさと馬車に乗り込んだ。続いてウィリアムも同じ馬車に乗り込む。  足を組み、不機嫌そうに窓枠に頬杖をついているエンリアを見てクスリと微笑を浮かべる。 「意外にも素直に来ていただけそうで安心しました」 「…どうせ兄上が監視も兼ねてお前を寄越したんだろう。お前が来なくても行くつもりだった」 「また転移魔法で逃げられるかと」 「そんなしょっちゅう転移魔法を使ってられるか面倒臭い」  しょっちゅう使っているような…とウィリアムは思うが口には出さない。ただ逃げずにいてくれるのならそれに越したことは無い。  そのまま馬車は王城に向かって走り、二人は少ない会話で過ごした。 「エンリア・アストロ大公様、ウィリアム・エクロアース公爵のご入場です!」  その声と共に、既に会場へ到着していた者達が一斉に入場扉に注目する。エンリアの後ろにウィリアムが続いた。黄色い歓声や、羨望、憧れの眼差し。二人には数多くの感情は向けられたのだった。  それもそのはず。エンリアと言えば、フロエンドの前以外現れる事が無く、それ以外は魔法の研究で塔に籠りっぱなし。片やウィリアムはシェリフの中でも強い権能を持ち国の英雄だ。そんな二人が同時に現れれば注目を浴びてしまうのも無理はない。  中にはもうエルグラシア王国の使節団は既に居るようだ。片手にワイングラスを持ち、貴族達と歓談を楽しんでいるようだ。  エンリアとウィリアムはというと、王侯貴族に用意されている席へ向かい着席する。ウィリアムは席に着いたエンリアの後ろに控える。  本当にパーティー中ずっと側に居るつもりかとエンリアは呆れるが、国の英雄が側に居れば兄であるフロエンドが安心なのだろうと、兄の意を組むことにした。 「フロエンド・ファルグニス国王、シャーリー・ファルグニス王妃のご入場です!」  盛大な拍手と共に迎えられた二人。そのまま二階にある玉座の前に立つとフロエンドが片手を上げる。すると話し声は一気に止み、全員がフロエンドの言葉に集中する。 「諸君。今日はエルグラシア王国の使節団歓迎パーティーに集まって頂き感謝する。今宵は無礼講だ。楽しんでくれ」  その言葉がパーティーの開始の合図。演奏隊が音楽を奏でるとちらほら踊り始める人が増えた。 「閣下は踊らないのですか?」 「私が踊るように見えるのか?」 「いや…好んでいるとは思ってませんが…」 「お前こそ踊らなくていいのか?令嬢達があそこで待ってるぞ」  エンリアが指を差した方にはちらちらとウィリアムを窺う令嬢達の姿があった。しかも、それなりに高位の貴族令嬢だ。  するとある人物が二人の元にやって来た。紫色のローブを纏った男。それなりに整った顔をしており翡翠の髪は後ろにまとめられていた。  ウィリアムはその男を見て眉をひそめる。その男はビルクが要注意するよう言っていたエルグラシア王国の魔法使い。『ジェイコブ・フレンダ―』だった。 「お初にお目にかかります。僕はエルグラシア王国所属の魔法使い、ジェイコブ・フレンダ―と申します。偉大なる賢者のアストロ大公に拝謁できまして嬉しく思います。あ、エクロアース公爵にも」  まるでウィリアムはおまけかのように言う目の前の無礼な男に怪訝な顔をする。しかしエンリアはジェイコブのその態度を特に気にしていないようだ。   「…パーティーは楽しんでもらえてるか」 「それはもう。ただ…やはり魔法使いとしてアストロ大公とも沢山お話をしたいと思うのですが…よろしいでしょうか?」  胡散臭くにこりと微笑むジェイコブにウィリアムが前に出ようとするとエンリアは席から立ち上がった。 「いいだろう」  全く予想にしていなかったエンリアの許可に驚愕の顔をするウィリアム。普段のエンリアなら絶対に有り得ないであろう行動に焦りを隠せない。   「閣下…!?」 「公爵は付いて来るな。来たら私は帰る」 「そっ…!」  ーっれは横暴すぎでは!?  ウィリアムの静止虚しくエンリアとジェイコブは行ってしまった。しかも二人が向かった先は休憩室として使われる二人用の個室。  つまりそういった目的で使用される事が多い。そんな部屋に迷いもなく入ってしまうなんてどういうつもりだ、とウィリアムは気が気でない。  少し離れた距離で待っていようと追いかけようとしたがある人物にそれを阻まれる。 「こんにちは、エクロアース公爵」 「デンバッハ様…」  エルグラシア王国の使節団長、リカルド・デンバッハだ。タイミングが良すぎる為、もしかして仕組んだ事なのか、とリカルドに疑いの目を向ける。が、リカルドはウィリアムが何を考えてるか分かっているようで「ああ」と微笑を浮かべた。 「アストロ大公に近付かせない為に私が来たと思っています?」 「…思われても仕方ないと思うが」 「安心して下さいと言っていいのか…アストロ大公を連れ出したのはジェイコブの独断です。私はただ本当にエクロアース公爵とお話をしたかっただけですので」 「独断?そんな勝手を許しているのか」 「アストロ大公に危害は加えないと分かっていますから。問題を起こさなければ自由にさせています」  優雅にワインを嗜む様子から、嘘はついてないように見える。だがそれでも心配なものは心配なのだ。 「我々が同盟を結びたいのは本心ですし、英雄の貴殿が居るこの国と戦うのなんてまっぴらなので。そこはあいつも重々理解しています。それに、ジェイコブとアストロ大公でしたら、賢者の称号を賜る大公の方がジェイコブを殺してしまわないか心配ですよ」  それは確かにそうだ。相手がとても強いシェリフとかじゃなければエンリアは負けない。取り敢えず気を落ち着かせる事にしたウィリアム。 「それで、どうして俺と話を?」 「そうですね…同族としてですかね?」 「同族?君もシェリフだと?」 「ええ、そうです」  驚いた。シェリフというには気配が薄かったので気付かなかった。普通シェリフ同士はお互いを直ぐ認識する。ルーラーもそうだ。なのでとても驚いた。 「まあ…お恥ずかしながら、私はシェリフといってもそう卓越した権能は持っていないのですが。ただ、今度手合わせをお願いしたいと思いまして」 「手合わせ?」 「はい。この機会に、実際に公爵のシェリフの力を受けてみたいのです。いかがですか」 「それは構わないが…」 「有難うございます。それで今までどれだけの戦いをしてきたんでしょうか」 「え?いや、何故そんな事を…」 「是非、武勇伝でも伺いたいと思いまして」  これは本当にウィリアムというより英雄としての戦いが気になっているようだ。何だか目が輝いているようにも見える。いくらウィリアムが会話を躱そうとしても次から次へと話題が振られてしまい困惑する。ちらちらと二人が入って行った個室を見てはまだ出てきていない事を確認する。  それから約四十分程。リカルドは少し酔ってしまったようで顔がほんのり赤い。するととんでもない事を言い出した。 「緑麗館へ行ってみたいです」 「……は?」  緑麗館とは専属ルーラーが居ないシェリフの汚染ケアの為に集められたルーラー達が住む館。王宮内に存在し、シェリフであれば誰でも利用できるが、他国の要人の場合はどうなのだろうか。 「貴方は専属ルーラーは居ないのか?」 「居ませんよ。そもそも相性の良いルーラーが見つかる事の方が奇跡です」  それは同じシェリフであるウィリアムにとって、痛いほど分かる話である。何を思って突然緑麗館へ行きたいと言い出したのか見当もつかないが、今の状況から抜け出す為にもそれが手っ取り早いだろうと思いリカルドを案内する事にした。  エンリア達もまだ話が終わらないだろうし、直ぐ戻ってこれば大丈夫だ。ウィリアムは今目の前の厄介な男から解放されたい事に頭が一杯だった。  時は少し戻り、エンリアとジェイコブが個室に入るとジェイコブが防音魔法を部屋全体にかけた。そしてそれぞれ一人用のソファに腰掛ける。すると、先程まで愛想を振りまいていたジェイコブは豹変したように悪巧みするような笑みをエンリアに向けていた。 「あっはは」 「…急に笑い出すな気持ち悪い。死ね」 「おいおい。久しぶりに会った弟弟子に死ねはよくねえよ。なあ?それにしてもいつから忠犬を飼い出したんだ?兄弟子さんは」 「あれは兄上の忠犬だ。私がパーティーから逃げないか見張ってるだけ」 「へえ…俺はあの英雄殿に殺されるかと」  わざとらしく袖で涙を拭く素振りを見せるジェイコブに嫌気が差して差して仕方がない。そもそもジェイコブが怪しすぎたからじゃないのか、とも思うエンリア。 「……それで。私を呼び出してまで何を話したいというんだ」 「“奴”について新しく情報が入った」  その言葉にエンリアの瞳が鋭くなる。そして真剣なものに。 「イーラン連合国の事は知っているだろ?ファルグニスも注意視している武力を推進する国が集まった連合。その代表国、イーランに今奴は居る」 「大戦争でも起こす気か…?」 「さあ。ただ、とてつもなく大きな何かを起こそうとしているのは確実だ。あれから10年経ったんだろ?ようやく動き出したのかって感じだけど…奴はよっぽど『イブ』にこだわってるようだ。と、いう事で、うちとの同盟を前向きに検討してもらえるよう口添えお願いね、兄弟子」  おねだりのポーズを恥ずかしげもなくするジェイコブを睨むエンリア。兄弟子、弟弟子という関係らしいがエンリアはあまりよく思っていないそう。だがエンリアのそんな反応が楽しいと感じるジェイコブ。   「イーラン連合国の出方を更に警戒する必要があるな。…お前も気を付けろ」 「え…兄弟子が俺の事を…心配!?」 「煩い。お前に何かあったら師匠に顔向けできないからだ」 「はいはい、分かってますよ。相変わらず素直じゃないんだから」 「……」 「そんな睨まなくても。本当に分かってるって。奴は…兄弟子を手に入れる為に先代エクロアース公爵を殺した狂った奴だ。危険性は十分理解してる」  それはもう痛いほど。実際に目にした事は無いが、剣聖の権能を持ったシェリフである男をいとも簡単に殺した因縁の男。当時、彼より強いシェリフなど居なかった為に、訃報を受け信じられなかったあの日を思い出すジェイコブ。  そしてエンリアの瞳が憎悪の色をしているのに気付く。これ以上話を広げるのは良くないと悟ったジェイコブはエンリアに心配の言葉を掛ける。 「兄弟子も気を付けろよ」 「逆に息の根を止めてやる」 「はは、怖」 「…というか、お前は何故シェリフになりたいなどとホラ吹いているんだ」 「その方が黒めの人達から情報貰いやすいからさ。強い力には興味あるけど、シェリフには興味無い。ルーラーが居ないと長生きできないなんて生きづら過ぎる。にしても、兄弟子が俺の事を聞いて来るなんて珍しい」 「師匠が激怒していた」 「あ…まーた師匠から逃げないと。俺がエルグラシアに今所属してるって言わないでくれよ?」  呆れた。もしかして師匠から叱られたくないが為に国を転々としているのだろうか。エンリアはジェイコブに関して興味の欠片も無いので、師匠が気にしていた事を聞いてみればそんな情けない理由だったとは。 「じゃあ、俺はそろそろ出るかな。あ、『イブ』に関して何か分かったら伝えれるようにする」 「お前が私にそんな協力的だと気持ち悪いな」 「これでもこの弟弟子は、一人の兄弟子を大事に思っているんですよ。けっ。ついでに忠犬も呼んでくるわ」 「それは要らない」  吐き捨てるように言ってジェイコブは個室を退出した。一人残ったエンリアはソファの背もたれに頭を預け深い息を吐く。  十年だ。目的の人物について有益な情報を得れた事はかなり大きい。エンリアは取り敢えず、少し休んでから会場に戻る事とした。  所変わって、ジェイコブがウィリアムの姿を探すと会場には見当たらず、近くの侍従に聞けばなんとリカルドと二人で緑麗館へ行ったという。  唖然としたが直ぐに緑麗館へ向かった。きっとリカルドが言い出したんだろうと理解していても、どうして付いて行ったんだ!ウィリアムに言いたくなるジェイコブだった。  そして王宮の離れから緑麗館へ繋がる回廊でウィリアムの姿を発見する。急いで戻っている様子だ。 「エクロアース公爵!」 「あ、フレンダ―様!?何故ここに…閣下は!?」 「貴方を探してたんですよ~!アストロ大公は多分個室で休んでます」 「やす…むような事を…?」 「はい?」    ウィリアムのとても怪しむような表情に、再び唖然とする。エンリアは確かに美しい外見をしているので、そういった考えをする者は居るし、実際学園に通っていた時は危ない時もあったろいうが、ジェイコブにそんな気など一切ない。なので何を誤解する事があるのだろうか、と思うがある事を思いつく。 「お恥ずかしいですが、アストロ大公は見目麗しいですからね。少し弾んでしまいました。で、うちの団長はまだ中です?」 「弾んでしまった…?どういう事だ?」 「言葉通りですよ~。迎えに行って差し上げたらどうです?」  にっこり微笑んで言えば、ウィリアムは颯爽と会場へと走って行った。その様に苦笑いを浮かべるジェイコブ。 「あれ…?記憶無いんじゃなかったか…?かなりご執心じゃない?」  おかしい。と、思うがこれも兄弟子であるエンリアの為と理由付け、ジェイコブは上司のリカルドを迎えに行った。  迎えに行くと浄化してもらい、ルーラーの女性に膝枕してもらって寝息を立てているリカルドを発見し雷の魔法を使ってたたき起こしたのだった。  まず、会場にエンリアの姿が無い事を確認し、ウィリアムが急いで個室に向かいノックもせず入ると、ソファの背もたれに頭を預け疲れた様子のエンリアが視界に入る。  突然の事にエンリアは少し驚いたが、慌てた様子のウィリアムに不思議そうな表情を見せた。 「ノックもしないとは、礼儀がなってないな」 「も、申し訳ありません…でも、弾んだと…!」 「…は?何だ?」 「フレンダ―様が…!」  ジェイコブの名が挙がり、エンリアは直ぐに察しがついた。ジェイコブがわざと要らぬことを言ったのだと。 「あいつが言う事は本気にするな。相手を茶化すのが趣味なんだからな」 「仲が良いのですね…」 「気持ち悪いことを言うな。同じ魔法使いなんだから知っているに過ぎない」  ウィリアムは冷静に部屋を見渡すと、特に荒れた様子も無いのと何か使った気配もない。揶揄われた事に気付いたウィリアムは溜息を吐く。そしてエンリアの近くに座ろうとした時急にエンリアはに首元を引っ張られた。  態勢がよろけ、エンリアが座るソファを掴み支える。下を見ると、エンリアのとてつもない険しい顔が確認できる。何やらウィリアムの衣服に顔を近付け匂いを嗅いでいるようだ。  ウィリアムはかつてない程の、機嫌の悪いエンリアを前に何故か冷や汗が出て来た。 「か、閣下……?」 「………ルーラーの匂いがこびりついてるな…?」 「え?」  そう言えば、とウィリアムは思い出す。  リカルドを緑麗館へ連れて行った時に、そこに居たルーラー達に腕を掴まれたんだった、と。  シェリフでありながら緑麗館に一、二度くらいしか無かった為、英雄を一目見ようと押し寄せられたのだった。「あ」とこぼすと、エンリアは舌打ちをしウィリアムを突き飛ばす。そしてとても低い声でこう言った。 「私の半径6メートル以内に近付くな」  そのままエンリアは個室を退出し、ウィリアムはただ床に座り込みエンリアが出て行った扉を呆然とした様子で固まっていた。  一体何が起こったんだろうか。突然エンリアが怒り出し、何度目かの近付くなを言われてしまった。 「どういう事だ……?」  訳も分からないが、とにかく立ち上がり個室から出る事はできた。しかしこれからどうすればいいのか、と頭を悩ます。      
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