ファンタジーは突然に

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「ありがとうございます!本当に、考え事をしてただけなんで!今日は何にしましょう?!」 うちの弁当屋はお客さんと対面式、嬉しい気持ちが顔に出て、ニヤけないように気をつけないと。 いい歳をしたおっさんが、意味不明に笑うのはきっと不気味だ。 昴くんは、気を取り直したようにメニュー表を眺めた。 「……じゃあ、トンカツ弁当をお願いします」 「はい!少々お待ちください!」 個人経営の弁当屋なので、大手チェーン店のような派手なキャンペーンや 破格の値段設定は無理だ。 出来ることといえば、作り立ての弁当を 安心安全に食べてもらうこと。 例えばトンカツだって、注文を受けてから揚げる。 付け合わせの副菜はちゃんと僕の手作りだし、漬物や梅干しは母さんの自信作だ。 確かに手間暇はかかるけれど、工場から運ばれてくる既存の食材を使うより良いと思うし やりがいもある。 昴くんが来るのはいつもピークを過ぎた時間帯、愛情込めた弁当をゆっくり彼のために作れるのも、密かな幸せ。 ……こんなこと、口が裂けても本人には言えないけれど。 調理する手が、若干震えてきた。 緊張しているのを悟られないように、澄ました顔で油の中のトンカツをひっくり返す。
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