ファンタジーは突然に

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「あ、今日は筑前煮だ。俺、店長の筑前煮が好きなんですよね」 店長が好き…… 耳が筑前煮をすっ飛ばし、思わず顔を上げてしまった。 はにかんだような笑顔と目が合ってしまい、それがあまりにも眩しすぎて秒で逸らす。 いい歳をして、都合良くときめいている場合か! 彼は、客商売の人間にありがちな"営業臭"がしない。 仕事中は違うのかもしれないけれど、無愛想とも取れる普段の感じから、いきなりの笑顔は反則だ。 「び、美容師さんて大変なんだろうなぁ!立ち仕事だし、接客しないといけないし、手は抜けないし!」 口が勝手にペラペラと……落ち着け、僕。 すると、彼がクスッと笑った。 ああ……話題の乏しい僕を哀れに思ったのかも。 「一緒ですよ」 「えっ?」 「店長だって、立ちっぱなしの動きっぱなしで、でも絶対に手を抜かないじゃないですか」 「あ……」 「ここの弁当は本当に美味しいです。それに店長と話してると、穏やかな気持ちになります。俺の接客なんか比べ物にならない」 いかん、トンカツが揚がり過ぎてしまう! 昴くんの言葉を噛み締める暇もなく、慌ててフライヤーから引き上げ、油をきっていく。 頭の中を綺麗な蝶々が飛んでいるみたいだ……
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