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「よう!相変わらず辛気臭いな間取」 「黒岩、おはようございます」 間取は、他の人に習って階級を付け丁寧にお辞儀をしつつもチッと小さく舌鼓を打った。またコイツと一緒とは、ついていない。 黒岩はそんな空気をまったく読まず、いつも間取に上機嫌で上から言葉を降らせてくる。学部は違うが、同門生だからというそのカテゴリーだけで先輩面してくるばかりか、ライバル視しているようだ。同門生あるあるなのだが、鬱陶しいことこの上ない。 間取はまったく個人的に興味がないので、黒岩が何期生かなんてさっぱりわからないが、警視正というからには最年少最短ルートを辿るキャリア組なら30代半ばといったところか。 そもそも県警本部長のポストについているスーパーエリートが、検視官などほとんどいない地方警察とはいえ好んで検死官を買って出てくるとは、どんだけ暇なんだお前はと毒づきたいところをぐっと(こら)える間取だった。 とはいうものの、黒岩の法医学の知識やその慧眼は残念ながら敬意を表するに値するのも事実であった。だからこそ、奴が出張って来る懸案はろくでもない顛末を迎えることがほとんどだ。 今回も人里離れた雪深い一軒家に住むひとり暮らしの80代男性が、雪解けと共に町からの道が開通して訪れた者によって発見されたという事案であった。 最初に臨場した所轄警察官の捜査報告書では、ひとりで屋根の上の雪かきをしていて誤って2階に達する高さの雪の中に転落し、脱出出来ずに窒息死したことを推測させる内容となっている。 他県に住むひとり息子は、まめに連絡を取り合うことはしていなかったので死亡時期が不明ながら、今年は雪の降り始めが遅かったため年末から正月2日にかけてひとりで帰省して父親の体調に異変はなかったと証言していた。ただ、5年前の冬に軽い脳梗塞を起こしており、以降3ヶ月に一度通院して投薬治療を受けていたが12月の定期診察でも異常は確認されていない。 という流れで息子も驚いてはいるものの、松永のいう通りよくある話しなのか、誰もが事故死であろうと考えて問題ない案件のようだった。 なので本来なら、その担当医が出向けば済む話しである。まぁそれが松永だったというだけで、間取が出向く事になり、黒岩が検視官として死体見分に行くというので所轄はあわあわしているのだ。 間取は松永のように書類を適当に書くタイプではないので、所轄からはめんどくさい女と思われているようだ。 それに輪をかけて、県警本部長がわざわざ出向くのだ。どんなに黒岩が、今日は検視官として来ているから気にするなといったところで何の火消しにもならない。 その上、ふたりともキャリアとしては日本最高峰に位置しているばかりか、黒岩は細身とはいえ185cmはあるだろう長身の上、眼光鋭く鷹のような目を持つため整った顔立ちが怖さを倍増させている残念な男であった。 間取も愛想がない上、女ながら180cm近い高身長なのでふたりが並んでいい合う現場は、着任時期が同時であるこの2年の間で所轄を震え上がらせる『ダブルジョーカー』と異名まで授けられる始末であった。
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