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〆
「警視正、こちらが亡くなられた里村智茂さんの息子さんの里村智成さんです」
見るからに黒岩に対して緊張している所轄警官が、慇懃な対応で報告を行っているのを尻目に、間取はさっそく家の裏手の雪室に安置されているご遺体の元で手を合わせた。
亡くなられた里村智茂は、腰が曲がって小さくなったのか150cmほどの小柄な躯体に比較して、ガッチリとしたいかにも働き者の農夫らしい体格をしている。
所見は報告書にある通り、目立った外傷もなく綺麗なご遺体であった。綺麗といっても松永がいう綺麗とはほど遠く、雪による圧死での窒息死と思われる両眼瞼眼球結膜に溢血を認め、顔面には強い死斑がある。加えて雪に起因すると思われる鮮紅色死斑が、紅斑から壊死を伴って圧のかかった肩や、肘、膝にも散見されていた。嘔吐などの随伴所見もなく、圧死あるいは凍死と推測された。
(だが、気になる…)
と、間取が呟きそうになったタイミングで黒岩が同じようにしゃがみ顔を並べて来た。
「大丈夫だ。拗らせんなよ、間取」
「偉そうに…」
「実際偉いんだよ、俺は」
いうなりサッと立ち上がると、悪態をつく間も与えず黒岩はまた所轄警官の方に戻って行った。
「事件性なしで、死体検案でるからな!」
黒岩の凛とした声が、背後の雪に吸い込まれていった。
きっちりと検案して、さて出るかとご遺体を整えて黙祷したあと、間取も立ち上がりながらこの地方特有の知恵である昔ながらの雪室をはじめて眺めた。
藁で挟んで囲まれている室内には、雪が四方に詰められている。ほぼ通年0℃に保たれるという雪室の中は、都会のようなキンと尖った寒さではなく、どことなくふんわりと柔らかい寒さだった。
中には人参などの野菜のほかにも、塩引き鮭などが保管されている。どれも彩り良く、艶やかで美味しそうだ。これだけの量があればひと冬など楽に食べるには困らないだろうと感心した。
「あの…よろしいでしょうか」
そんなぼうっと突っ立っている間取に、背後からおどおどと小さな声がかかる。ひとり息子の智成だった。
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