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〆
智成は父親より少し背が高いようだが、大女の間取からしてみればどうしたって見下ろすような格好になってしまう。それに、三島市にある大手食品会社の研究員として勤務する彼は、屈強そうな父親とは違い弱々しい印象である。
調査書には、静岡で妻との間に2歳女児がおり、その子はレット症候群という神経性の難病を罹っているという。
また智成も本人が3歳の時に母親を病気で亡くし、父親の智茂が男手ひとつで育てあげた。
智成は、この辺では優秀な生徒として知られ、奨学金を獲得して地元国立大学・大学院と進み、狭き門の現在の会社に入社した。結果、父親をひとりこの雪深い地に残さねばならなかったことを悔いている。
「この正月は親父に、一緒に暮らさないかといいに来たんです」
その矢先の事故だったということだ。
智成が、雪室の雪床をじっと見つめている。
そうして思い出すようにつぶやくのを、間取は自然とそのまま聞くことになった。
「こたつの上にあるものは、俺が帰った日のまんまでした。いってくれたら手伝ったのに…」
涙声で、白い布で覆われた動かぬ父を見下ろしながら悔しそうに拳を握りしめている。
俯く智成の落とした涙が、ぽつぽつと雪床に小さなシミを付けては消えてゆくのを間取はただ眺めるしかなかった。
しばらく言葉なく佇んでいたが、ふと我に返った智成が間取を仰見て涙を拭った。
「こんな遠方まで、往診ありがとうございました。親父の作った野菜は美味いんで、よかったら食べてやってください。雪室ん中だと、凄く甘さが増すんですよ」
笑顔を見せて智成はそういうと、手際よく近くにあった袋一杯に野菜なんかを詰め込んで、辞退を申し出た間取に有無をいわさず抱えこませた。
こういうところは、この地域らしいなと思った間取は結局礼をいって受け取ると雪室をひとりで出た。
医者の少ないこの地域では、昔ながら往診する医者に酒や食事を振舞って泊まりがけとなることも多かったときく。それこそ赤髭医師が、心の通った医療をしていたのだろう。今でも礼にと、農産物などを折々に持参してくださる患者様が多い。
ありがたい気持ちを胸に、間取は母屋に行くと死体検案書の作成にとりかかった。
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