序章

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序章

 受かった。順当と言えば順当に受かったと言えるだろう。だってあれだけ頑張ったんだから。  私は張り出された掲示板をぼんやりと眺めていた。嬉しさ、というよりはほっとした。ようやく今までの生活から解放される。と感じた気持ちのが大きかった。ふう、と一息吐くと白い吐息が伸びていく。まだまだ春と呼ぶには早すぎる冷たい空気が頬を過ぎ去り、私の頭をいっそう冷静にさせた。周りの人はどんなリアクションをするんだろう。と思いあたりを見渡すと大声を上げて喜びを表現する人もいれば、肩を落としてうなだれている人もいる。大きな感情が渦巻くこの空間のなかで、私だけひとりぼっちなような気がした。  傲慢。その二文字が頭の中から離れなかった。勝手に受かるものだと思っていて、勝手に安心して。私ってなんて恥ずかしいひとなんだろう。耳が真っ赤になるのを感じ、手で耳を覆った。いたたまれなくなったので人混みをかき分けながら同行してくれた母のもとに向かった。母は私を見つけると軽く手を上げて私に合図をした。 「お母さん、受かったよ」 私は口角をぬるっと上げ、はにかみながら母に告げた。 「……」 母の顔をちらっと見ると、喜んでいるのか、泣きそうなのか、わからない顔をしながら黙っている。どういうリアクションをすればいいのか困っている姿がなんとも母らしい。これからどうするんだろうと思いながら母の鼻の方をぼんやりと眺めていると、いきなり私の方に抱きついてきた。 「おめでとう~!これで泉校生ね!」 母は私の肩に頬をぐいぐい押しつけながら何度も繰り返した。どっちが受験生だかわからないくらいだ。ちょっぴり気恥ずかしかったが、母の喜ぶ顔を見て、私は今まで感じていた不安が少し和らいだ。きっとこれが正しい選択だったと。母の笑顔を見てそう思った。  私たちは校舎を後にし、バス停に向かった。整備されているアスファルトの上に散らばる桜の花びらを踏みつぶしながら私は歩いた。何度も背中の縮こまった学生とすれ違った。 「友梨はこれからこの道を通うんだね」 母の声はぽよんぽよんとまだ弾んでいる。うん、そうだね。と返事を返しながら私は通学はバスにしようか電車にしようかを考えていた。そろそろ校門まで辿り着くな。と目線を上げたとき。私は一人の少女とすれ違った。  可愛らしい子だな、って思った。くりくりの目、はっきりした二重まぶた、丸顔で綺麗に整ったボブカット、そしてきゅっと結ばれている小さい口。でも特に目を引いたのはその子の姿勢だ。まっすぐに伸びた背中には静かな圧力があった。細いピアノ線でつるされているみたいに綺麗な立ち姿だった。それに引っ張られることなく重心は体の下でどっしりとしておりぴくりとも動かない。大きな山が歩いているような存在感があった。この子、強いんだろうな。心の中で呟いてしまった。 「あら、どうしたの。友梨」 母に話しかけられ我に返る。 「……ううん。なんでもない」    結論から言うと、私の直感は当たった。それはもう憎らしいほどに――。
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