序章

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「お待たせいたしました。ミックスグリルでございます」  店員さんが丁寧にテーブルにミックスグリルを置くと、待ってましたと言わんばかりに、舞はグラスを持った。 「よし……」 舞は静かにうつむきながら沈黙した。がやがやと周りの音が聞こえる。私たちと同じような学生たちがはしゃいでいるのがわかる。 「……」 舞は何も言わない。緊張に耐えられなくなった私が口を開こうとしたその時。 「友梨、合格おめでとー!」 舞は急に大きな声で乾杯を促した。相変わらずだなあと思う。 「あ、ありがとう」  私はオレンジジュースで、舞はコーラで乾杯をした。ストローでオレンジジュースを含むと、ちょっとわざとらしい甘さが口に広がった。ちらっと舞を見ると、舞も同じように私を見つめていた。なんだかおかしくって二人で笑いあった。ローティーンを共に過ごした仲間がこうして合格を祝ってくれて、喜びを分かちあえることが素直に嬉しかった。私たちがいるファミレスはお小遣いが入ったとき、休日に二人でよく来た思い出の場所だ。  テーブルのボルテージがピークを迎えたかと思うと、私たちは各々の食事に目線を移した。私が箸を差し出すと、舞はありがと。と小さく言った。 「友梨も私と一緒に竜海受ければよかったのに」  舞はハンバーグを切りながら言った。 「いやあ……」  ずきっとした。言葉が出なかった。私はそこまで本気じゃない、レギュラー争いが厳しそう、勉強に専念したい。数々の言い訳を重ねた結果、選んだのが泉高校だったなんて言えるわけがない。私は本気の勝負から逃げた弱い人間だと舞にだけは思われたくなかった。 「舞と戦いたかったんだよ」  喉が渇いているわけでもないのにオレンジジュースを一口飲んで、私は一番この場が丸く収まるような嘘をついた。ただ、半分本当だ。舞と違う場所で自分がどれだけ通用するのか試したい。舞に勝ちたい。というのも事実だ。嘘をつくには少し事実を混ぜると信憑性が増す。私の発する言葉はいつも不透明で頼りない。すると舞は私の返事を待っていたかのように微笑んだ。 「私もだよ」  舞は満足そうに大きな口を開けてハンバーグを口の中に放り込んだ。舞はご飯をよく食べる。もぐもぐ、という音が聞こえそうなほど大きく口を動かしているすがたはドングリを頬張っているリスみたいだ。うん、美味しい。と嬉しそうに呟いたあと、何かを思いだしたかのように上を向いた。 「でもさあ、泉校って実績はそんなだよね」 「進学校だしね。あんまり部活が強いイメージはないかな」  鉄板の上のエビフライを切り分けながら私は答えた。 「竜海はめちゃくちゃ強いよね」 チキン、ハンバーグも同じように切り分けながら私は呟く。 「私は剣道だけで選んだから」  勉強は苦手だからね……。と舞ははにかんだ。私は剣道一本で進路を選べる舞が羨ましく感じた。鉄板には綺麗に一口大に切り分けられたおかずたちが佇んでいる。 「友梨は私の自慢の友達だよ」  舞はしみじみと呟いた。 「えっ、なによ急に」  突然のことに私は思わず声が上擦った。 「だってあの泉高校に受かるんだからさ」  舞といい、母といい、いつも不意に私を泣かそうとしてくるから困ったものだ。でも、私は弱い人間だよ。そんな自分が嫌いで――。 「ありがとう、嬉しいよ」  なんだか水を差しているみたいだったから言いかけてやめた。 「でもね、課題も多いらしいから大変だよ。今だってせっかくの春休みだってのにもう提出物があるんだよ」  私は話題を無難な方向に持っていった。 「えー!やっぱ進学校は違うなあ」  大袈裟にのけぞりながら舞は驚く。舞はいつも素直で愛嬌がある。きっと舞みたいな性格なら竜海でもうまくやっていけるだろうなと思った。私は泉高校で本当に強い人になれるのだろうか。舞の黒くて深い瞳を見つめながら、私はハンバーグを選び口に運んだ。  結局、春休みの中でゆっくりできたのは舞とのご飯だけだった。それからは母親と制服を買いに行く、新入生代表のあいさつを考える、実力テストの対策、課題になっている新しい単元の予習に追われ春休みは終わった。一抹の不安を残して。
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