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第一話
六限のチャイムが鳴った。授業を担当していた現代文の鈴木先生は少し焦りながら今日の要点をまとめ始めた。東洋と西洋の水に対する考え方を比較しながら、それぞれの性質や感性、文化の違いなどを考える内容だった。ぼんやりと私は自分なりに要約をノートに書き写す。さらさらとシャープペンシルがノートを滑る音が教室に充満していた。
「……それじゃここテストに出します。それではお疲れ様です」
そそくさと遠慮がちに鈴木先生は教室を去っていった。すると教室は吸い込んだ静寂を吐き出すかのように一気にざわついた。
黒板消すよー?
もうちょっとまってー
ふう~、疲れた
っしゃ!7コンボきたわ
それじゃあねー
私は教室に拡散する声を聞くわけでもなく、シャーペン、消しゴム、シャー芯を筆箱にしまった。
「ねえ、友梨はどこの部活にいくの?」
ざわつきをかき分けてクラスメイトの汐里の声がすっと耳に入ってくる。ちょうどノートを鞄にしまおうとした時だった。
「剣道部かな、中学のときやってたし」
そう応えると汐里はあー、と小さく唸りながらうなずいた。やっぱりそうだよね、と言いたげに少し残念そうに眉毛を落としながら。
「汐里は?汐里も剣道やってたんでしょ?」
「私はいいかな。バドミントンとかやりたい」
汐里は少し口ごもりながら言った。なんとなくわかっていたがやはり少し悲しい。
「そっか……」
私は返ってくる返事が予想できたので、それ以上聞かなかったし、聞けなかった。だって剣道はキツいし、クサいし、地味だ。
「そんな落ち込まないでよ、それじゃまた明日ね」
汐里は笑いながら言った。自分がそんなに落ち込んでいた顔をしていたとは思っていなかったので少し恥ずかしい。汐里と別れ、私は一人、武道場に向かった。
武道場は本棟からかなり離れている。体育館に向かう坂道を下って、渡り廊下を歩くとつく。バドミントン部、バスケ部、バレー部が練習しているのをわき目で見ながら歩いて向かった。たまたま脇で見学している汐里と目が合ったので少し手を振って合図をした。一年生があふれかえっている体育館がすこし羨ましかった。練習をしている先輩たちも喋りながら楽しそうにプレーをしているところが目に入る。そうだよね。剣道じゃこういうわけにはいかないよね。と少し落ち込む。泉高校はそもそも部活動に力を入れていない。活動の内容も部活動というよりクラブ活動に近い。
武道場に近づくとパシン、パシンとリズムよく竹刀のぶつかり合う音と、叫び声のような声が響いているのが聞こえてきた。私は懐かしくなって少し頬が上がる。下駄箱に靴を置き、稽古の邪魔にならないようにそーっと武道場の扉を開くと、先輩たちが激しく打ち込む姿が飛び込んでくる。私はその熱気と練習量に驚いた。一息で左右の面を打ち込みながら前進、後進を繰りかえす「切り返し」を行っている最中だった。剣道の基本の稽古で、最初と最後に行うことが多い。稽古自体はいたって普通のものだったが、驚くのはその量だった。先輩たちは声を出しながら左右の切り返しを100本打ち込み続けていたのだ。最初の稽古からかなり激しくに追い込んでいる姿に私はぞくぞくした。わあ、と声を出すと隣から視線に気づいた。私は正直、一年生が今日の部活動見学にて、剣道部に人が来ているとは思わなかったので少し驚いた。
目線の方に振り向くと目に入ってくるのはくりくりの目、はっきりした二重まぶた、丸顔で綺麗に整ったボブカット、そしてきゅっと結ばれている小さい口。細いピアノ線でつるされているみたいに綺麗な立ち姿。すぐにわかった。この子が合格発表のときの子だと。
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