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基本の打ち込みが続いている中、私はちらちらと隣に佇む姿勢のいい女の子に声をかけるべきかどうか迷っていた。あなたも剣道やっていたの?名前は?どこの中学だったの?いろいろ聞きたいことはあったが、彼女の凛とした佇まいに気圧されて声が掛けられなかった。遠くを見るようにまっすぐと先輩たちの稽古を見つめる彼女を邪魔するのはなんだか申し訳ないような気がした。熱気あふれる道場の空気を感じながら、私は彼女を横目で見続けた。
基本の打ち込みが終わり、男子の主将が声をかけて女子と男子が別れて各々が面を道場の端で面を取り始める。男子と混ざりながら稽古をしていたので気づきにくかったが、女子はどうやら五人だったらしい。見学している私たちの様子を見て、二人がすぐに駆け寄り、三人がおずおずとまとまりながら後をついてきた。
「剣道部にようこそ!二人も来てくれるなんて嬉しいなあ」
光枝と書かれた垂れを付けた先輩が私たちの両手を握りながら、きらきらした眼差しをこちらに向けてくる。まるで飼い主を待っていたわんちゃんみたいだった。一つ結びの髪がぶんぶんと揺れている。ゆるく垂れていおり、すこし離れている目元が柔らかい印象を受けた。私はいきなりのことで猫背になりながらたどたどしく応じた。隣の彼女はどうも、と小さく発しながら淡々と応じた。
「落ち着きなよ、愛。まだ入ったわけじゃないだろう」
低く、落ち着いた声で諫めるのは高倉と書かれた垂れを付けた先輩だった。肩まで届かないほどの自然なショートカットの彼女は身長も高く、少し吊り上がった目が特徴的でかなり大人っぽく見える。
「そうだった、そうだった」
はにかみながら光枝さんは頭をかくと、高倉さんは困ったように笑う。少し間が開いた後に口を開いた。
「それじゃ、お互いに自己紹介しようか」
そういうと、高倉さんが目線を光枝さんに向ける。すると待っていたかのように嬉しそうに頷いた。
「私は光枝愛!女子の主将だよ」
口角をいっぱいに上げつつ自然な笑顔で彼女はぺこりと頭を下げた。先輩にこの表現を使うのもどうかと思うが、子供みたいでかわいいと素直に思った。
「こっちは……」
「いい、いい。自分で言うから。私は高倉可奈、副主将だよ」
対照的に高倉さんは軽く目じりを下げながら語りかけるように言った。
「副主将といっても、三年生は二人だから必然だけどね」
すると彼女はあはは、と急に声を上げて笑う。笑っていいタイミングなのかわからなかったがなんだか可笑しいことだったらしい。
「美咲たちもこっちに来なよ」
光枝さんが後ろの方でまとまっている三人に声をかけると彼女たちは遠慮がちに会釈した。二人の先輩たちはそれを見届けるとすぐに私たちの方に振り向いた。
「それじゃ、二人の話も聞かせて」
私は違和感を感じたが、まずは私たちが話す番かなと思い、光枝さんと高倉さんの方を見た。光枝さんの期待に満ちた眼差しはなんだか気恥ずかしいし、じっと見つめてくる高倉さんの視線はかなり緊張する。自己紹介をする瞬間というのは自分を品定めされているような気がしてどうもなれない。
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