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「えっと……」
私は口ごもりながら隣に目線を送る。先に喋ってほしい旨を視線で私は伝える。緊張を押し付けてしまった罪悪感と、こんなこともできないのかという自己嫌悪が肩にのしかかった。脇の方で男子部員の歓談が聞こえる。まるで自分が小さくなってしまった気分だ。早く気づいて、と懇願していると視線がぶつかり、彼女は私のほうに気付いた。そのとき彼女の目を初めてちゃんと見た。強い意志と、どこか寂しさを感じる瞳だった。彼女はふう、と小さく息を吐き、軽く耳に手をかけて髪を整えた。
「神谷葵です。竜海大学附属中学から来ました」
彼女はぼそり、と言った。それで自己紹介は十分だろうとでも言いたそうにそれ以上何もしゃべらなかった。
「竜海からきたのか」
最初に食いついたのは高倉さんだった。声のトーンがややあがっている。驚きと嬉しさをこらえきれていないのがよくわかる。
「すごい、それじゃ即戦力だね」
光枝さんは手を組みながら感嘆の声を出した。竜海大学附属中学、あるいは高校。この地域では敵なしの誰もが認める強豪校だ。舞が選んだ高校であり、私が選ばなかった高校だ。その環境で育った人がここにいる。葵は相変わらずぴんと伸びた背筋で堂々と立っている。その姿は私の進路を咎められているような気がした。
「でもわざわざ、泉校に来るなんて珍しいね」
光枝さんがぽわんと疑問を吐き出した。ここにいる誰もが疑問に感じただろう。泉高校ほどではないが竜海高校の進学実績も悪いものではない。そのままエスカレーター進学を選ぶものが大半を占めるからだ。
「それは……」
葵の表情が少し曇る。
「まあまあ、細かいことはいいだろう」
高倉さんがすぐに話題を遮った。葵に気を遣ったのだろうか。
「まあ、そうね。あなたは?」
光枝さんが仕切りながら私のほうに話題を振った。いよいよか、と思い私は息を吸う。
「富永友梨です。城南中学から来ました」
できるかぎりはきはきと、聞き取りやすいように話す。嫌味になってないだろうかと不安になりながら。光枝さんと高倉さんは軽く拍手をしたと思うと高倉さんが少し考え込む。
「城南?富永?それって……」
高倉さんが思い出したようにつぶやいた。
「奥田とのダブルエースで県大会に出てたとこじゃん!」
光枝さんが気付いた。奥田は舞のことだ。今でも思い出す。たしかに私たちは二人で城南中学を県大会に導いた。最後の大会で竜海中に負けたことも。
「やったな、愛。今年は豊作だな」
「ほんとにね。県大会も狙えるかもね」
わいわいと二人がはしゃぐ中、葵は表情を変えることなく佇んでいた。葵も異質だったが私は後ろの二年生たちが特に気になった。輪に入ろうともせずにお互いに目配せをしあっているだけだったからだ。
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