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第二話
竹刀、道着、袴、防具。指差しで忘れ物がないかを確認する。
「よし」
確認が終わったので、防具入れとバッグを背負った。防具を持っていく際はいつだって憂鬱だ。
「それじゃ、行ってくるよ」
私はいつもと同じように、母に挨拶をした。母は毎日玄関までお見送りに来てくれる。
「忘れ物はない?」
首をかしげ、眉を落としながら母が聞いてきた。正直、荷物が重たいからすぐにでも家を出たかった。
「大丈夫だって」
私は口角をぬるっと上げながら答える。気を付けてね、という母の声を背中に聞きながら私は家を出た。
バスに揺られながら単語帳をぱらぱらとめくる。しかし、単語は頭の中に全然入ってこなかった。今日から稽古に参加できる。そのことばかり考えていた。早く学校につかないかな、と思いバス停を確認したと思えば、また単語帳に目を通す。数ページめくってはバス停を確認しては一区間しか進んでいないことことにもどかしさを感じた。泉高校前の一つ手前のバス停を通過したらすぐさま降車ボタンを押した。私が早く動いたところで流れる時間は変わらない。そんなことはわかっていても体がどうしても浮ついてしまう。
「この段落はとっても重要です。筆者がここでいいたいことは……」
私は鈴木先生のお経のような説明を聞き流しながら、外に漂う雲を眺めながら考え事をしていた。今日はどんな稽古をするんだろうな。最初だから軽めにやるのかな。それともがっつり打ち込みとかもするんだろうか。せっかくだから地稽古*¹まではやらせてもらいたいな。葵にリベンジがしたい。というか葵ともっと話がしたい。先輩たちはどんな剣道をするんだろう。伊藤さんとは仲良くできるのかな。
「富岡さん?」
鈴木先生が急に私に呼びかけてきた。教室の視線がくっと集まる。背中に水を掛けられたような嫌な緊張が背中を走った。
「聞いてますか」
「えっ、あっ、はい」
「なら大丈夫です」
鈴木先生は淡々と板書に戻る。クラスメイトたちも誘導されているように視線が黒板に向かった。本当に心臓が止まるかと思った。私は平静を装い、ノートを取る振りをしたが、心臓はばくばくしたまま止まらなかった。考えごとも授業も頭に入らない。
「友梨、注意されてたね」
授業後に汐里がにやにやしながら語りかけてきた。
「う、うん。ちょっとぼーっとしてた」
私はむりやり笑顔を作りながら答えた。うまく答えられているのだろうか。
「珍しいね、普段そんなことないのに」
「いやあ……ちょっと寝不足で」
半分本当で、半分嘘だ。
「そっか、これから倒れないようにね」
汐里は笑いながら筆記用具を片づけると、すぐに体育館に向かってしまった。
小さなバドミントンのラケットを背負いながら足早に去っていく汐里の背中を見届けた。
「舞や友梨ほど強けりゃそりゃ楽しいでしょうよ」
過去のチームメイトの声がリフレインする。私は教室の隅に置いた重たい防具を背負って武道場に向かった。
*¹地稽古 審判を付けない試合形式の稽古のこと
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