22人が本棚に入れています
本棚に追加
武道場に向かうと光枝さんと葵の姿が目に入った。葵は制服姿だったが、光枝さんは道着に着替えていた。前回も少し遅れたのが気がかりだったので私は小走りで向かった。
「おつかれ~!」
手を振りながら光枝さんは私に呼びかけた。葵は私に気付いたようだが、特にリアクションは示さなかった。
「遅れてすみません」
「いいよ、全然。今から部室を教えるところだよ」
光枝さんが嫌味なく答えてくれたので私はすこしほっとする。葵の方をちらっと見ると、目が合った。何かを話すわけでもなくただ、視線がぶつかる。気まずくなった私はぬるっと口角を上げながら微笑んだ。
「葵~、なんか言いなよ」
光枝さんにそう言われたあと、葵は数回だけまばたきをしたと思うと
「よろしく」
と一言だけ発した。私も曖昧によろしくねと返した。
「もう、仲良くしなさいよね」
光枝さんは両手を腰に当て、大げさにジェスチャーを加えながら言い放つとそのまま部室に案内してくれた。
部室は小さなアパートのような小屋だった。武道場の目の前にあるテニスコートの隅に建っていた。それぞれ二階が女子の柔道部、剣道部、テニス部の部室となっており、一階が男子の部室らしい。かなり年期が入っており、トタンがはがれて錆ついているところがちらちら見える。案内されるままに扉を開けると、もわっとした空気と制汗剤と汗の匂いが混ざった独特の匂いが広がるのを感じた。初めてくる場所なのにどこか懐かしさを感じるその空気に私はただいま、と言いたくなった。奥の方で、伊藤さんと名前を聞けなかった先輩二人が喋っており、手前の方では高倉さんがスマートフォンをいじっていた。
「お、ようやく来たか」
私たちに気付いた高倉さんが声をかけてくれた。奥の伊藤さんたちもそれに気づき私たちの方を見る。三人たちはかくっと頭を下げたかと思うとそのまま雑談に戻ってしまった。
「少ししかないけどよろしくな」
二年生の先輩たちの扱いに胸を痛めているさなか、高倉さんが握手を求めてきた。二年生に対して何も言わないことにやっぱり違和感を感じながらも、私は握手に応じる。その様子をにこにこと眺めている光枝さんもすこし気になった。二年生の先輩たちは、先に武道場行ってまーす。と伊藤さんが言うとそのまま出ていってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!