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◆⑭死屍流転◆
――――――――
そこからは四分五裂の乱戦へとなだれこんでいった。
蜩という男は、ただでさえ赤鬼相手に善戦するほどの技量である。
そこに不死という付加価値までもが上乗せされ、戦局は泥沼の命の削りあいに発展した。
殺しても殺しても殺戮人形は立ちあがり、そのたびにまたひとつ赤い屍が積みあがる。
東雲としては願ってもない展開であった。
とうに足止めの役割は完了し、この船に貿易船を追う余力は残っていない。
あとは眼下の争いに巻き込まれないよう、すみやかに海へ飛び込めばよい。
だがしかし、東雲は動こうとしなかった。
無駄に目ざとい彼の瞳が、気がつかなくてもよい違和感を拾ってしまったからである。
漆黒の刃が赤鬼の咽喉を貫いた。
そして返す刀がまた別の鬼の喉笛を真一文字に斬り裂いた。
単なる偶然ではない。
甲板に転がっている屍は、すべて咽喉を裂かれて死んでいた。
判で押したような異様な亡骸を見ているうちに、とある光景が脳裏に蘇る。
確か、東雲がこの世界で目を覚ました時、砦の地下で殺されていた赤鬼もこのように咽喉から血を流してはいなかっただろうか……。
いや、もっと記憶を遡れば、あの月夜の晩に咽喉を裂かれて死んだのは――蜩であった。
途端にあの瞬間の出来事が走馬灯のごとく浮かびあがる。
* * *
「地獄へ堕ちろ、東雲――!」
そう言って、先に東雲の咽喉へ刀を突きつけたのは蜩であった。
死闘の果てに、これが互いにとって最期の一撃になると解っていた。
かたや一人でも多く殺すために、かたや一時でも長く生き伸びるために、ゆずれぬ狂気が極限まで膨れあがり衝突した。
東雲は迫りくる刃を左腕を犠牲にして受け止め、鏡あわせのように蜩の咽喉をなで斬りにした。
夜闇におびただしい血が噴きあがり、その赤い命の雫ごしに、黒々とした憎悪の瞳が東雲を貫いた。
じっとりと、魂に喰いこむような視線が絡みつき――、そして、蜩が吐き捨てた言霊のとおり、東雲は地獄へと堕ちていった。
* * *
「そうか……、お前が、俺をこの場所へ連れてきたのか……」
不思議と、東雲の心はこの凪の海のように静かであった。
因果という言葉が、すとんと彼の足もとに落ちて、ようやくこの世界に己の足で立っている実感を得る。
――世界の真理など難しいことはわからない。
しかしながら、あの瞬間、死の淵で消えゆくはずだった魂を縛った未練の叫びこそ、この状況を生み出す根源の種だったに違いない。
東雲は己が生きることを望み、蜩は他者を殺すことを望んだ。
そのどちらが正しかったとか、不毛な倫理を挙げつらねるつもりはない。
ただ彼らが望むままに、この世界は彼らに血肉をあたえた。
きっとそういうことなのだ。
東雲は帆柱を蹴って甲板へと降り立った。
「蜩ッ!」
なぜ、そのような行動に出たのか、自分でもよくわからない。
「お前の殺しそこねた男は、ここにいるぞ!」
東雲は鋼鉄の銛を構え、挑発するように笑ってみせた。
生前の彼であればまず取り得ない選択である。
蜩がヘドロの化け物になったように、きっと自分もどこかが変わってしまったのだろう。
しかしそれでいい。
東雲は今の自分を思いのほか気にいっていた。
生き伸びるために背をむけて逃げるのではなく、末期のケジメをつけるために、東雲は蜩へむかって走り出した。
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